起爆装置に関する話の締めくくりとして、信管に関するよもやま話を書いてみようと思う。堅苦しい技術面の解説もいいけれど、これはこれで面白いかもしれない!?

信管は時計屋さんに

信管というのは、矛盾の塊みたいなところがある。「起爆してはならない時は、何が何でも起爆させない。しかし、起爆すべき時は確実に起爆すること」という要求があるからだ。しかも、主役はあくまで炸薬だから、信管はできるだけコンパクトにまとめなければならない。

今ならそれを電子制御で実現できるが、昔はそうもいかない。そこで精密な歯車装置などを組み合わせて、メカニカルに実現していた。特に時限信管は、タイマー機構を内蔵する必要があるので面倒そうだ。

そんな難しい品物を誰に作らせるか。ということで、白羽の矢が立った業界の1つが「時計メーカー」だった。機械式の時計を製作するためのノウハウは、信管作りにも生かしやすいからだ。

昔の時計、特に腕時計は御存じの通り、小さなスペースの中に精緻な歯車機構を組み込んでいる。しかも時を刻むものだから、精確さも求められるし、時限信管に求められる機能も具備している。

ということで、日本で信管を手掛けているメーカーの1つがリコーエレメックス。かつてはリコー時計の岡崎工場で信管を手掛けていたというが、今は事業体制が変わって、こういうことになったようだ。

防衛関連製品 / 製品 | リコーエレメックス
http://www.ricohelemex.co.jp/products/fuse/

上記のURLに注目されたい。サブディレクトリ名が「fuse」つまり信管になっている。

余談だが、日本国内で自衛隊向けの新型航空機を製作、あるいは組み立てた場合、初号機のお披露目式典では神官が登場して、祝詞をあげて玉串奉奠となるのが通例である。と、これは「しんかん」違い。話を元に戻そう。

信管を取り付ける場所

爆弾にしろ砲弾にしろ、信管を取り付ける場所には注意が必要である。特に徹甲弾の場合、先端部に信管を取り付けたのでは、命中した時に信管が破壊されてしまって仕事にならない。装甲板やコンクリートにぶつかって、それを突き抜けた後で起爆させなければならないのだから。

そのため、徹甲弾では弾の先端ではなく尾端に信管を組み込む。これは砲弾でも爆弾でも同じで、弾底信管と呼ぶことがある。

ただ、弾底信管は取り付けた後で調整するのが面倒だ。事前にセッティングしてから取り付けることにならざるを得ないだろう。先端部に取り付けた信管なら露出しているから、取り付け後でも調整は可能である。

  • 海上自衛隊の一般公開イベントで展示されていた砲弾(もちろん模擬弾)に付いていた信管。メモリが付いており、上のボルトを工具で回してセットするものと思われる

モノによっては、信管を「感知部」と「起爆部」に分けて、例えば「感知部は先端、起爆部は後端」と分割配置することもある。しかし、ミサイルみたいに最初から信管が一体になっているモノならいざ知らず、爆弾・砲弾だとその場で信管を取り付けるので、分割方式では面倒だ。

信管のスペースに、信管と誘導機構を

欧米諸国を中心に、精密誘導兵器だけ使うようにしようという流れがある。これは、外れ弾による誤爆や付随的被害を減らす狙いが大きい。戦闘と無関係の民間人などに被害を出したのでは、いろいろな意味で具合がよくないからだ。

ところが、すでに非誘導の爆弾や砲弾の在庫は大量にある。爆弾のほうは誘導キットを取り付けて精密誘導兵器に変身させる手法が一般化したが、砲弾はどうするか。

といったところで、アライアント・テックシステムズ社(その後の業界再編でオービタルATK社になり、さらにそれがノースロップ・グラマン社に買収されて現在に至る)が開発したのが、M1156 PGK (Precision Guidance Kit)。その名の通り、砲弾を精密誘導兵器に変身させるキットである。

PGKは信管と同じ外形をしていて、155mm砲弾の先端に、信管の代わりにねじ込む仕組みになっている。ただし単なる信管と異なり、GPS(Global Positioning System)による誘導制御装置を組み込んであり、弾の飛翔経路を修正するための操舵用フィンが生えている。

もちろん信管の機能も組み込んであるので、PGK用の付属品として「信管設定用レンチ M76」という製品まである。

つまり、従来は信管だけあったスペースに、信管と誘導制御機構を押し込めてしまったわけだ。しかも、その電子機器は砲弾を発射したときにかかる衝撃や、撃った砲弾が飛翔するときの回転(に起因する遠心力)にも耐えられる。電子技術の進歩と、コンパクトで精度の高い誘導ができるGPS誘導制御のおかげである。ムーアの法則万歳。

以下に、オービタルATK社改めノースロップ・グラマン社の製品情報ページをリンクしておく。写真も載っているので、製品の外見や働きを理解しやすいだろう。

Guided Projectiles

なお、PGKの次世代版については2018年1月末に、BAEシステムズ社が米陸軍から開発契約を受注している。興味深いのは、この新型PGKでは、GPSが使えない環境下で利用できるようにするための工夫が盛り込まれること。

なんでそんな話になるかというと、最近、GPSに対する妨害、あるいは贋信号による欺瞞が問題になっているからだ。

おまけ

6月の初頭にアメリカを訪れた際に、ワシントン・ダレス空港の近くにある、国立航空宇宙博物館の新館、ウドバー・ヘイジー・センターに行ってきた。そこになんと、VT信管の現物が展示されていたので、その写真を載せておこうと思う。

  • 国立航空宇宙博物館の新館、ウドバー・ヘイジー・センターに展示されているVT信管

これ以外にも興味深い展示品が山盛りなので、ウドバー・ヘイジー・センターはお薦めである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。