2005年9月に拙著『戦うコンピュータ』が世に出た時、最も話題になったのは「Windows 2000で動作する潜水艦の指揮管制装置」と「軍や警察で大活躍のタフブック」であった。そこで今回は、これら以外の、民生用のハードウェアやソフトウェアをそのまま防衛組織で利用している事例を紹介しよう。

パソコン兵器

実のところ、「タフブック」をはじめとするパーソナルコンピュータの利用事例は、いちいち挙げていられないぐらい多い。もはや特別視するようなものではなく、当たり前の光景である。それをすべて「パソコン兵器」といって槍玉に挙げていたら、時間がいくらあっても足りない。

その「タフブック」のポピュラーな用途としては、野外など、厳しい運用環境下での情報通信端末がある。また、無人機(UAV)など各種無人ヴィークルの管制・情報受信用端末機としても広く使われている。

ところが、運用環境がそれほど厳しくなければ、市販品のノートPCでも用が足りる。海上自衛隊のミサイル艇がいい例で、戦術情報を受信・表示するための端末機として、普通のノートPCを艦橋に置いてあるのを見たことがある。

近年になって増えているのは、マニュアルの電子化。F-22ラプターやF-35ライトニングIIが典型例で、紙のマニュアルではなく、電子化されたマニュアルをパーソナルコンピュータの画面で見る。

紙に書かれたものを見るのと、コンピュータの画面で見るのとでは、内容が同じでも脳味噌の働き方が違うらしいのだが、マニュアルを参照するぐらいなら差し支えはないらしい。それに、電子マニュアルのほうが検索性がいいし、差し替えは容易である。

  • 米空母の艦上で使われている民生用ノートPCの例。何を見ているのかはわからないが、F/A-18ホーネットのマニュアルだろうか? Photo:US Navy

このほか、とある米艦ではダメージ・コントロール用の管制盤がWindows PCになっていた。浸水や火災といった被害の発生について情報を得て表示するとともに、対処を指示するための機器である。

タブレット兵器、スマホ兵器

もともと、民生品を活用する軍用の情報通信機材というとパーソナルコンピュータがポピュラーだったが、近年ではスマートフォンやタブレットの活用事例が急速に増えている。

民生品として広く使われているから、多くの人が扱い慣れているし、開発環境も充実している。おまけに、もともと通信サービスとワンセットで動くものだから、通信機能も充実している。

すると、パーソナルコンピュータよりも小型・軽量・安価な情報端末機器として、民生品のタブレットやスマートフォンを活用するのは自然な流れとなる。通信機能がもともと付いているだけでなく、GPS(Global Positioning System)の受信機も、カメラも、地図ソフトも内蔵している。こんな便利なツールはそうそうない。

先に電子化マニュアルの話を書いたが、F-22の電子化マニュアルを参照するのに、ノートPCに代えてiPadを試用した事例がある。こちらのほうが軽いので、持ち運びしやすい。もちろん「タフブック」と違って濡らしたり落としたりすれば壊れるだろうが、元が安価だから、そう頻繁に壊すことがなければ、金銭的な損失は少なくて済みそうだ。

そしてスマートフォンである。レイセオン社が2009年4月に発表したAndroid用の軍用ソフトウェア・スイート「RATS(Raytheon Advanced Tactical System)」については、すでにあちらこちらで書いている。これに限らず、軍用の情報端末としてAndroidベースのタブレットやスマートフォンを活用する事例がひきもきらない。

例えば、4年ほど前の話だが、米軍の特殊作戦部隊が「ATAK(Android Terminal Assault Kit)」のプロトタイプを試用した。Draper Laboratoryという企業が開発したツールで、パラシュート降下、目標地点へのナビゲート、友軍の位置追跡、近接航空支援を担当する航空機の呼び出し、目標指示(ターゲティング)に関する調整、画像データの共有などといった機能を実現するものだという。

また、カナダ陸軍が「DACAS(Digitally-Assisted Close Air Support)計画」の下、ロックウェル・コリンズ社製の統合火力支援ソリューション・Joint Firesを採用した。これは、近接航空支援を担当する航空機と、地上で目標の確認や指示を担当する統合端末攻撃調整官(JTAC : Joint Terminal Attack Controller)が、JTACが持つAndroidスマートフォンを使って連携しようというものである。

イーサネット兵器、ゲーム機兵器

ここまではコンピュータ機器の話だが、通信についても事情は同じ。

例えば、米海軍のイージス艦では近年、艦内ネットワークにAN/USQ-81(V) GEDMS(Gigabit Ethernet Data Multiplex System)なるギガビット・イーサネットを持ち込んでいる。所望の性能要件を満たしていれば、別に民生用の規格でも困りはしない。

これがわかりやすい事例なのでしばしば引き合いに出すのだが、実のところ、有線のイーサネットも、無線のIEEE802.11系列も、導入事例はたくさんある。無論、秘匿性が求められる場合は何かしらの対策が必要になるが、それは上位レイヤーで暗号化や認証の仕組みを取り入れればよい。

ハードウェア関連では最近、「アメリカ海軍のヴァージニア級原潜にXboxのコントローラ」が話題になった。同級は非貫通式潜望鏡(第216回を参照)を使用しているが、そのコントローラをXbox用のコントローラに替えて、習熟のしやすさとコストの低減を両立するという話である。

このほか、シミュレータ用の入力装置としてKinectを使った事例もある。ヘリ発着の誘導を担当する要員は、ヘリに対して腕の動きで指示を出すので、シミュレータ訓練でも腕の動きを入力できないといけない。そこでKinectを手に持ってシミュレータのスクリーンと対面するわけだ。スクリーンには、誘導対象となるヘリコプター(の映像)が映る。

それが、イギリスのSEAという会社が開発したシミュレータ「DECKsim」である。以下のリンク先のブローシャのほうに、実際にシミュレータを使用している場面の写真が載っている。

DECKsim製品情報
DECKsimのブローシャ