第195回で、パッシブ・ソナーの一種である曳航ソナーを取り上げた。曳航ソナー、あるいは第196回で取り上げた可変深度ソナーは艦が航行しながら引っ張って移動するものだが、それとは別に、固定設置する種類のパッシブ・ソナーもある。それが「SOSUS」だ。

SOSUSとは

SOSUSとはSound Surveillance System、つまり「音響監視システム」の略。曳航ソナーと似たつくりのハイドロフォン・アレイを構築しているが、それを海底に固定設置しているところが違う。つまり「不動産」である。

水上艦や潜水艦が装備する曳航ソナーは、自艦、あるいは自艦が護衛の対象にしている艦隊や船団に接近しようと試みる潜水艦を探知するためのものだから、遠距離探知能力が求められるといっても、SOSUSほどではない。

対するSOSUSの目的は、(仮想)敵国の潜水艦がどうしても通航しなければならない場所(これを「チョーク・ポイント」という)に監視の網を張って、出入りを把握すること。そのため、カバーすべき範囲は広い。したがって、伝搬距離が長い低周波の音響に最適化した設計になっているだろうと推察される。

また、ハイドロフォン・アレイのサイズも桁違いに大きくなるはずだ。1つのアレイで海峡あるいは海域をまるごとカバーするのは無理があるだろうから、複数のアレイに分割していると考えられる。

といっても、1つのアレイの長さが数百メートルではきかないだろう。おそらくはキロメートル単位に達している。それを敷設艦に積み込んで、海底に設置していくわけだ。考え方は海底ケーブルと似ている。

ということは、SOSUSを設置している国の海軍には敷設艦が所属しているものと考えられる。もちろん、民間のケーブル敷設船を借りる可能性も考えられるが、秘密保全を考えれば自前の敷設艦があるほうがいい。

海底ケーブルとSOSUSが違うのは、敷設する場所の水深。潜水艦の潜航深度はせいぜい数百メートル程度だから、あまり水深が深いところの海底にSOSUSを設置しても、ハイドロフォン・アレイと潜水艦の距離が遠くなりすぎて探知が難しくなる。だから、あまり水深が深くない場所に設置したい。それに対して海底ケーブルは、ずっと深いところに設置する場面が出てきそうだ。

SOSUSには陸揚施設が必要

具体的に、どんな場所に設置する可能性があるか。例えば、沿海州のウラジオストクにはロシア海軍の基地があるが、ここに拠点を構える潜水艦が太平洋方面に出ようとすれば、宗谷海峡、間宮海峡、津軽海峡、対馬海峡、朝鮮海峡のいずれかを通航する必要がある。

そこにSOSUSを据え付ければ、潜水艦の動向を把握して警報を発する役に立つ。陸地に挟まれた海峡であれば、どちらかというと水深は浅いだろうから、敷設場所の水深に関する問題(前述)も解決しやすい。ただ、海峡の両岸が自国ないしは同盟国の領土でなければ具合が悪い

SOSUSと海底ケーブルに共通する話だが、ケーブルを単に海底に転がしておくだけでは仕事にならず、どこかで陸揚げしなければならない。そこから有線、あるいは衛星回線を通じてデータを送る必要がある。だから、SOSUSを設置する海域には陸揚施設が必要になるのだ。

すると、宗谷海峡と間宮海峡は使えない。現実的なのは、津軽海峡と対馬海峡ということになる。津軽海峡と対馬海峡は両岸とも日本の領土だから、陸揚げ施設の設置は容易だ(本当に設置しているとはいっていない)。

余談だが、朝鮮海峡は幅が狭く、対馬海峡と違って中間部に公海となる領域が残らない。そこに他国の潜水艦が潜航したまま入り込めば、「無害通航権」は主張できない。もっとも、だからといって朝鮮海峡を監視しなくていいわけではないが、片方が日本、片方が韓国というところが、どうも微妙である。

大西洋方面だと、ロシア北部のムルマンスクを中心とする、コラ半島の沿岸に海軍の基地施設が点在している。そこから大西洋方面に潜水艦を送りだそうとすれば、グリーンランド~アイスランド~イギリスを結ぶ線を横切る必要がある。

冷戦期にはこの線のことを、頭文字をとって「G-I-UKギャップ」と呼び、NATOがソ連海軍に対して阻止線を張るラインと位置付けていた。グリーンランドはデンマーク領で、そのデンマークもアイスランドもNATOの加盟国である。だから、そこにSOSUSの陸揚施設を設けても問題はない。

また、コラ半島から北極海を通って太平洋方面に出るルートも考えられるが、これはアラスカとロシアの間にあるベーリング海峡と、その南方のアリューシャン列島が阻止線になり得る。ベーリング海峡の片側はロシア領だが、アリューシャン列島はみんなアメリカ領だ。

さて。中国のミサイル原潜は海南島に基地を置いて、南シナ海をウロウロしている。ロシアのミサイル原潜がバレンツ海やオホーツク海に立てこもろうとしているのと同様に、中国のミサイル原潜は南シナ海に立てこもろうとしているわけだ。

自国の領土で囲まれた渤海辺りのほうが都合が良さそうに見えるが、水深が浅くて使いづらいらしい。そこで、中国は「九段線」なるものをでっち上げて、南シナ海をまるごと、自国で好きなように使えるようにしようと考えている。海底資源とか漁業資源とかいう話だけではなくて、ミサイル原潜の聖域作りという意図もあるのではないか、と受け取れる動きである。

その中国のミサイル原潜の動向をチェックしようとしたら、どうしたらいいだろうか。

海洋監視艦は移動式SOSUS

前述したように、監視したい場所に必ず陸揚施設を設けられる場所があるとは限らないので、SOSUSは万能の選択肢とはいえない。

そこで、SOSUSほどではないものの、やはり長大なハイドロフォン・アレイを持つ広域監視用パッシブ・ソナーを専用の船に積み込んで、洋上を遊弋させるという発想ができた。それがSURTASS(Surveillance Towed Array Sonar System)。

船から曳航ソナーを引っ張るところは水上艦や潜水艦の曳航ソナー、すなわちTACTASS(Tactical Towed Array Sonar System)と同じだが、SURTASSの目的はSOSUSと同様の広域監視・早期警戒であり、そこがTACTASSと違う。そのSURTASSを搭載する艦を海洋監視艦といい、米海軍では艦種記号「AGOS」を割り当てている。OSはOcean Surveillanceの頭文字だ。

横須賀でドック入りしている米海軍の海洋監視艦「エフェクティブ」。特異な双胴船形は、荒れた海での安定性と、広い甲板面積の確保に役立つ Photo : US Navy

同型艦の「エイブル」を後ろから見たところ。上甲板の後部から海中にSURTASSを降ろして曳航する Photo : US Navy

SOSUSは海底の不動産だから、陸揚施設を設けてケーブルを引き出す必要がある。ところが、SURTASSはハイドロフォン・アレイの一端が海洋監視艦につながっているから、地上に陸揚施設を確保する必要はない。その代わり、動き回る艦だから有線で通信するわけにはいかず、SURTASSで得た探知データは衛星通信を介して本国の解析施設に送る仕組みになっている。要するに、海洋監視艦とは「移動式SOSUS施設」なのである。

アメリカ海軍では冷戦期から海洋監視艦を保有して大西洋や太平洋を遊弋させていたが、近年では南シナ海にも入れている。そこに中国船がやってきて嫌がらせをする事件が起きたことがある。

軍艦とはいえ丸腰の艦に対して、何を思って嫌がらせをするのかと疑問に思われるかも知れないが、自国の潜水艦の動向を丸裸にしようとする厄介な艦だから、嫌がらせをして追い出そうとするわけだ。

ちなみに、海上自衛隊にもSURTASSを搭載した艦が2隻あり、さらにもう1隻を建造する計画がある。