市販の乗用車だと、周囲をグルッと取り巻くように窓がついているから、ドライバーが身体をひねったり首を回したりするのをいとわなければ、周囲の状況を把握するのは難しくない。もちろん死角は残るが、それでも周囲を一とおり見渡すことはできる。

窓は防禦の邪魔

ところが、装甲戦闘車両(AFV : Armoured Fighting Vehicle)になると話が違う。「たたかうクルマ」だから防禦力が最優先であり、視界を確保するために大きな窓ガラスを設ければ、防禦の邪魔である。一応、防弾ガラスというものもあるが、合金鋼で造られた装甲板と比べれば防禦力は桁違いに低い。

だから、陸上自衛隊の公開イベント、あるいは朝霞駐屯地の広報センターに行って現物を見てみると容易に理解できる通り、戦車には窓らしい窓がついていない。歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車や自走榴弾砲にしても、似たようなものである。

といっても、まったく外が見えないのでは操縦手が困ってしまう。だから、操縦手席の辺りに小さなのぞき窓(ペリスコープ)が3つぐらい付いている。これで正面と左右斜め前方をカバーするが、見える範囲はタカが知れている。

10式戦車の場合、砲塔の少し前に操縦手席があり、その頭上にハッチとペリスコープがある。ペリスコープの幅や高さを見れば、視界が良くないのは容易に理解できる

そこでどうするかというと、戦闘場面でなければ、操縦手席の頭上にあるハッチを開けて、顔を外に突き出して外を見ながら操縦する。それでも、車体の直前は死角になってしまうから、そこに何かあっても見えない。頭上と後方も、砲塔がどっかと腰を据えているから、ペリスコープを設けたところで何も見えないし、ハッチから頭を突き出しても同じだ。

天安門事件の際に撮られた有名な写真で、並んだ戦車の前方に市民が1人立っているものがある。立っている市民と戦車の間にはいくらか距離があるので、戦車の操縦手がちゃんと前方を見ていれば存在は認識できたと思われる。しかし、もっと戦車に近いところに立っていたり、地面に寝転がったりしていたら、見落とされた可能性が高い。

操縦手はそういう状態なので、さらに車長が周囲の監視を受け持つ。こちらは砲塔内が定位置で、やはり頭上に周囲を監視するためのペリスコープとハッチを設けてある。操縦手席と違うのは、ペリスコープが全周を取り巻くように付いているところ。

といっても数は限られるし、さほど高さがあるわけではないので、ペリスコープで得られる視界には限りがある。だからこちらも、ハッチを開けて車長が頭や上半身を外に出すことで周囲の状況を把握しようとする。ただし、戦闘中にそんなことをやったら撃たれてしまう。

「車長はできるだけ、ハッチから身体を出して周囲の状況の把握に努めなければならない」といっていたら、実戦で車長が高い死傷を記録してしまったイスラエル陸軍という事例がある。だからイスラエルの戦車は、開いたハッチが弾避けになるように工夫をして、車長の死傷を少しでも減らそうとしている。

人間の目玉には限界がある

とはいえ、大きな窓を設ければ防禦の妨げになるし、操縦手や車長が身体を外に出せば撃たれて危険、という状況は変えられない。特に市街戦になると、敵は近くから撃ってくる。対戦車兵器を持った歩兵やゲリラは、戦車の乗員に死角があることを承知しているから、その死角に飛び込んで、見えないところ(つまり反撃されにくいところ)から攻撃を仕掛けようとする。

そういう状況をなんとかしようということで、最近、車体の周囲を取り巻くようにカメラを設ける車両が出てきた。もちろん、市中の監視カメラみたいに大げさな機材を設置したら簡単に壊されてしまうから、小型で目立たないものである。

そして、個々のカメラに広角レンズを組み合わせて、できるだけ広い視界を確保できるように工夫をする。もちろん、広角レンズも度が過ぎると映像がゆがんでしまって状況認識の妨げになるから、程度問題ではあるが。

そのカメラの映像を、車内に設置したディスプレイに表示するわけだ。ただし、ディスプレイが1つだけだと同時に見られる範囲が限られてしまう。といって、もともとさまざまな機材で混み合っている車内に、周囲をグルッと取り巻くように多数のディスプレイを設置するのは無理な相談だから、1個ないしは数個のディスプレイを設置するのが限界だろうと思われる。

そのディスプレイの映像を見て周囲の状況を把握するようにすれば、小さなペリスコープから外を見るよりは視界が広くなる。たとえ全周をカバーできなくても、最も見えにくい後方をカバーしてくれるだけでも助かる。

ということなのか、BAEシステムズ社がM1戦車向けに、DRVC(Driver's Rear View Camera)と称する後方向けカメラを製作したことがある。市街戦では敵が後方から撃ってくるかもしれないし、バックする時に後方に味方がいたら衝突したりひき殺したりしてしまう。そういう事態を避けるための手段だ。

さらに、可視光線用のカメラだけでなく赤外線センサーを併用すれば、暗いところでも周囲の状況が見えるようになる。特に操縦手向けとして近年、夜間あるいは悪天候下といったDVE(Degraded Visual Environment)に対処するためのセンサー機材とディスプレイ装置を売り出す事例が増えている。

戦闘環境下では存在を秘匿しなければならないから、前照灯をこうこうとつけて走るわけにはいかない。だから前照灯をつけなくても前方の状況が見える手段が必要になるという理屈で、そこにDVE対策手段のニーズがある。

周辺状況認識に関する余談

ここまでは、装甲戦闘車両の乗員が視覚的な手段で周囲の状況を認識するための手段について書いてきた。それとは別に、音声によるコミュニケーションという話も出てきている。

その一例が、米陸軍でM1戦車に導入したTUSK(Tank Urban Survivability Kit)の構成要素である、車外用通話装置。車体後部右側に取り付けられた箱の中に通話装置が入っていて、外部にいる兵士と車内の乗員が会話できる。

「そんなの、無線機を使えばいいじゃないか」と思いそうになるが、すべての歩兵が無線機を常に携行しているとは限らない。それに、無線機が壊されたり車載用のアンテナが壊されたりする可能性もある。戦車は単独で行動するわけではなくて、歩兵が随伴して相互に支援しながら戦闘するのが一般的なスタイルだから、歩兵と戦車の連携を改善するために、こういう仕掛けが登場したわけだ。