前回は指揮車の話を書いたが、指揮車あるいは車外に設置する指揮所の仕事をデジタル化、コンピュータ化する流れも当然ながら存在する。陸戦でそれを担当するシステムが、前回にも出てきた「BMS(Battle Management System)」だ。

フォースXXI

もう21世紀も6分の1あまりが経過してしまったから、いまさら「21世紀の○○」といわれても、いささか新鮮味に欠けるし、新しさは感じられない。当節、「21」と言われて価値がありそうなのは皇礼砲ぐらいだろうか(英語で言うと「Royal Salute」になるが、21発撃つのが国際的な決まり)。

閑話休題。20世紀にはまだ話が違っていて、「21世紀 = 未来的」というイメージがあったように思う。だから、未来のビジョンというと「ナントカカントカ21」という名前をつける事例がいくつもあった。

その1つが米陸軍の「フォースXXI」。これは、冷戦期の東西対決(ありていにいえば第3次世界大戦)を想定した重武装・重装備の陸軍から、小規模・低烈度の紛争に迅速に対応できる身軽な陸軍に模様替えしようという構想、という面があった。

その具体的な内容に立ち入ると本題から外れてしまうので割愛するが、そのフォースXXIを具現化する際の指揮統制・情報面の基盤として出てきたのが、「FBCB2(Force XXI Battle Command Brigade and Below)」というシステムだった。

FBCB2は旅団ないしはそれ以下のレベルで使用することを想定したシステムで、Linuxベースのコンピュータをネットワーク化して、自軍や敵軍の動向に関する情報を収集・共有、画面上でパッと参照できるようにしようというものである。フォースXXIでは、戦力の基幹単位を「師団(Division)」ではなく、ひとつ下の「旅団(Brigade)」としている関係で、「旅団ないしはそれ以下」となったのではないかと思われる。

昔の陸戦だと、いちいち前線の指揮官(または指揮官に随行する無線手)が無線で報告を上げてくる。「第1中隊は○○高地まで進出しました」とか「第2中隊は××地点で敵軍と遭遇、規模は増強された戦車中隊」とかいうような報告になる。指揮所では、そういった情報を逐次、紙の地図の上に書き込むことで状況を把握していた。

しかし、これでは報告が上がってこないと何もわからないし、時には誤認や勘違いという可能性もある。もっと迅速かつ確実な状況認識手段が欲しい。

EPLRSとBFT

まずは、味方部隊の位置の把握である。そこで登場したのが「EPLRS(Enhanced Position Location Reporting System)」と「BFT(Blue Force Tracking)」。これらを支えるのが「GPS(Global Positioning System)」である。

GPS受信機があれば、現在位置の緯度・経度・高度がわかる。その情報を定期的に無線で自動送信するのがEPLRSで、EPLRSが送ってきたデータを集積することで、指揮下部隊の動向を追跡できるようにするのがBFTだ。

このEPLRSとBFTをFBCB2に組み込むことで、指揮下の部隊がどこにいるかが画面上に、ほぼリアルタイムに近い速さで表示されるようになった。ひょっとすると道を間違えて迷子になる部隊が現れるかもしれないが、それも上の指揮所のレベルで見つけて、修正の指示を飛ばせそうである。

また、接敵報告も同じ要領でデジタル通信網に載せて送れば、指揮下の部隊がどこで敵軍に遭遇したかが指揮所でもすぐにわかる。弾の消費状況を把握する仕掛けを用意すれば、それも状況報告として送れるだろう。

また、請求した補給物資の輸送・交付状況がどうなっているかといった情報を共有できるようにすれば、前線の部隊が「いつ物資の交付を受けられるのか」とジリジリする場面を減らす効果を期待できる。

もちろん、FBCB2を導入したからといって、物資を運んでいる輸送車両隊が襲われる事態までは解消できない。だが、そういう事件が起きたことがわかるのとわからないのとでは大違いだ。

米陸軍の車両に装備したFBCB2端末機を操作する、兵站担当の兵士 Photo:US Army

BMSをスケールアップするときの課題

FBCB2は前述したように、旅団ないしはそれ以下の規模の部隊を対象とするシステムである。そこで運用実績ができれば、もっと上級の組織にスケールアップしたBMSを構築して、陸戦における状況認識や指揮統制を実現するシステムを導入できる理屈である。

ただ、スケールアップして上級司令部にBMSを導入しようとすると、新手の課題が生じる。単に、指揮下の部隊が増えて扱うデータが多くなるとかいうだけの話ではない。

部隊の規模が小さければ、担当する戦線も小規模なものになるから、見通し線圏内の通信ができればデータ通信網を構築できる。

昔の野戦電話みたいにいちいち電線を架設していたら手間がかかって仕方がないし、部隊の移動に追従できない。それに被弾などで線が切られたのでは仕事にならない。したがって無線通信が必要であり、普通、それは見通し線圏内で使うものだ。

しかし、師団とか軍団とか軍とかいうレベルでBMSを運用することになると、指揮下の部隊は地平線の向こう側まで展開する。また、山などの地形に邪魔されて、見通し線通信ができない場面もあり得る。

つまり、見通し線通信だけでは通信網が成立しない。かといって、短波通信では速度が遅いし、電離層の状態に左右される不安定さもある。したがって、上級レベルで扱うBMSになるほど、信頼性が高くて伝送能力が優れた衛星通信網が不可欠になる。それをバックボーンにするのだ。

また、陸軍は陸軍、海軍は海軍、空軍は空軍の戦争を、それぞれバラバラに戦うという御時世ではないから、陸・海・空の連携も必要だ。連携するにはネットワークや情報システムの連接が必要である。つまり、相互接続性や相互運用性の問題だ。

例えば、地上軍が敵と交戦している時に航空機の支援を呼ぶことになれば陸・空の連携になるし、上陸作戦では陸・海・空の連携が必要になる。単に揚陸艦と水陸両用装甲車と輸送機をそろえれば水陸両用戦をやれるわけではない。

さらに、多国籍の連合作戦になると、同じことを他国の軍との間でやらなければならない。湾岸戦争ではアメリカ陸軍の大将がアメリカ・イギリス・フランス・アラブ諸国など、多数の国の軍を指揮下に置いていたが、それと同じことはその後もあちこちで起きている。

そうなれば、その指揮官の仕事を支援するBMSも多国籍化に対応できなければならない。指揮官はBMSの画面で仕事をしているのに、指揮下にある某国だけはBMSがないから、いちいち地図を印刷して渡さなければならない、なんていうことになったら作戦行動の足並みが乱れる。

実は1991年の湾岸戦争では米軍の内輪でそういう話があった。空軍と比べると海軍の情報化が遅れていて、いちいち紙に印刷したものを空母に飛行機で運ばなければならなかったという。もちろん当節ではそんなことはないが。