2003年のイラク戦争以来、急激に存在感を増した脅威がある。IED(Improvised Explosive Device)だ。筆者は「即製爆弾」と訳しているが、まだ業界で定着した訳語はなく、頭文字略語のほうが広く使われているようである。

実は威力が大きいIED

きちんと設計してテストした各種の弾薬と異なり、IEDは「ありもの」の爆発物を使って作られる。アフガニスタンでは化学肥料を使って爆薬を作る事例が多発して、爆薬に流用可能な化学肥料が「御禁制品」に指定される事態になった。とはいえ、主流はどちらかというと、既存の対戦車地雷、砲弾、爆弾といったものを改造する方法だろう。

対戦車地雷といっても、単独ではさほどの威力はない。戦車をまるごと破壊しなくても、履帯を破壊して動けなくなすれば敵戦車の進撃を遅らせる効果を期待できる、という考え方があるからだ。威力を大きくすると、それだけ地雷が大きく、重くなり、持ち歩くのも設置するのも面倒になる。

それに、地雷は数が勝負のところがあるから、大きくなったり値段が高くなったりするのはありがたくない。その辺、知能化・高度化が進んでいる機雷とは事情が異なる。

ところがIEDは、装甲車や戦車でも破壊できるぐらいの威力がないと目的を達成できない。ちゃんとした(という言い方も妙だが)対戦車兵器を持っていない武装勢力やゲリラ組織が、代わりの対抗手段として使うものだから、そういう話になる。

だからIEDは往々にして、複数の対戦車地雷や爆弾や砲弾を束ねて使い、できるだけ威力を大きくしようとする。そこに携帯電話を改造して作った無線遠隔起爆装置を組み合わせれば、離れたところから起爆させられる。これなら、攻撃者は(たぶん)安全である。

もちろん、そんなものが目の前で爆発したら、たまったものではない。降車歩兵はいうに及ばず、戦車や装甲車でも被害を受ける。車重が比較的軽い兵員輸送用の装甲車だと、車体が爆風で持ち上げられてひっくり返ってしまうこともある。

また、ひっくり返らなくても、持ち上げられた車体は急速に落下して地面にたたき付けられる。その際にかかる加速度は、時には350Gにも達するというから尋常ではない。戦闘機が急旋回した時にかかる荷重は多くても9Gぐらいだが、それでもパイロットはしかるべき装備と訓練がなければ失神する。それが350Gとなれば、もう想像がつかない領域の話だ。

その結果、乗っている乗員や歩兵が死傷する事例が相次いでいる。そして、車体が爆風で持ち上げられて衝撃を受けることに起因する脳などの損傷が問題になっている。いわゆるTBI(Traumatic Brain Injuries)だ。

衝撃を吸収すれば被害を低減?

物理的な対抗策としては、車体の底面をV型断面にして、爆風を両側面に反らしてしまう方法がある。だいぶ以前の話になるが、拙稿「防衛産業ウォッチング」の第35回で取り上げたMRAP(Mine-Resistant, Ambush-Protected)が典型例だ。

これは物理的な対策で、ITでもなんでもないが、ITが関わるところで変わったことを考え出したのが、イギリスのキネティック社(QinetiQ plc)である。それが、同社が2010年に発表した座席「ブラストライド BlastRide」だ。

BlastRideの製品情報
https://www.qinetiq-na.com/products/militaryprotection/blast-seat/

装甲車の車内では、兵士は座席に座っている。その座席は通常、車体の床面に取り付けられているから、床下でIEDが爆発すれば座席も車体と一緒に持ち上げられるし、車体に加わったのと同レベルの衝撃が、座席に座った兵士の身体にもかかってしまう。

陸上自衛隊も導入を決めた、水陸両用装甲車AAV7の車内。左右に折り畳み式のベンチが作り付けられている様子が分かるが、これは壁に固定してあり、衝撃吸収への配慮は皆無

そこで最近では、座席を床ではなく側壁や天井に取り付けるとともに、車体にかかった衝撃が座席に直接伝わらないようにする設計手法が出てきている。ただし考え方としては、あくまでパッシブ(受動的)な対処だ。

それに対し、キネティック社の「ブラストライド」では、個々の座席にアクティブショック社(ActiveShock LLC)製のアクティブ・サスペンションを装備した。

アクティブ・サスペンションなら新幹線電車にも付いている。これは横揺れを抑えるのが目的で、加速度計が横方向の加速度を検出すると、それを打ち消すようにアクチュエータを作動させて車体を押し戻す。

それに対し、「ブラストライド」のアクティブ・サスペンションは上下方向に作用して、爆風によって車体が持ち上げられたり、地面に落下してたたき付けられたりしたときの衝撃を緩和するように作用する。

口で言うより難しい

と、あっさり書いてしまったが、アクティブ・サスペンションをまともに機能させて能書き通りの効果を実現するのは、簡単な仕事ではない。

まず、加わった加速度に見合った作用が必要になるから、高精度の加速度計が必要になる。しかも、軍用車輌に取り付けるものであれば、武人の蛮用に耐えられるタフネスも必要だ。IEDが起爆したときの衝撃で加速度計が壊れてしまったのでは、いざという時の役に立たない。

そして、(これは新幹線のアクティブ・サスペンションにもいえることだが)アクチュエータの作用は迅速でなければならない。当然、その前段階としてアクチュエータの作動量を計算して指令を出す処理が必要になるが、それもまた迅速でなければならない。

計算・指令・作用に時間がかかれば、衝撃や横揺れが過ぎ去った後でアクチュエータが動くことになりかねず、それでは意味がなくなってしまう。衝撃や横揺れが加わったら、瞬時に、それを緩和する方向にアクチュエータが動かなければならない。

だから、処理が速くて信頼性が高くて頑丈なコンピュータがなければ、「ブラストライド」みたいな製品は実現できなかったはずだ。

そして、新幹線電車の横揺れと比べると、爆風で車体が持ち上げられたり、それが地面にたたき付けられたりする時のほうが動きが大きく、衝撃も大きい。だから、それを吸収するか、せめて緩和するには、ストロークの長さが求められると考えられる。