情報通信技術の発達を受けて、業界用語も変化した。つまり、本連載の第25回第127回で取り上げたC3I(Command, Control, Communications and Intelligence)に「コンピュータ」が加わり、C4I(Command, Control, Communications, Computers and Intelligence)というのが普通になった。

では、コンピュータが関わるようになったことで、軍事通信の分野にどんな変化や影響があったのだろうか。

影響その1「データ通信需要の発生」

人間同士の通信であれば、音声による通話か、モールス符号を使用する電信を使う。どちらにしても、人間の言葉を何らかの形で電線、あるいは無線に載せてやりとりしているわけだ。

ところが、コンピュータが加わると、コンピュータ同士で行うデータ通信という形態が出現する。アナログ・コンピュータのことは考えないことにして、デジタル・コンピュータ同士の通信に話を限定すると、要は有線や無線を通じて「1」「0」の情報をやりとりする必要が生じるという話である。

そこで、デジタル変調技術が必要になった。また、デジタル通信を行う手段も必要になった。米空軍が冷戦期に開発・配備した防空指揮管制システム「SAGE(Semi Automatic Ground Environment)」では、アナログ電話回線にモデムを組み合わせることでデジタル通信を実現していた。

その後の通信技術の発達により、伝送能力や信頼性が改善して現在に至っており、今では数十メガビット/秒の伝送能力を持つ無線通信や衛星通信が出現している。民生用でも高速の移動体データ通信サービスが普及しているぐらいだから、軍用についても推して知るべしだ。

それどころか、民生用のデータ通信技術がそのまま軍用に持ち込まれる事例も出てきている。例えば、データ通信網の物理層やデータリンク層ならイーサネット、ネットワーク層やトランスポート層ならTCP/IPといった具合だ。

そしてIPについては、IPv 4だけでなくIPv 6も使われている。ネットワークに加わるノードの数が増えると、アドレス枯渇の心配が要らないIPv 6の有用性は高い。

また、携帯電話でおなじみのW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)を使う軍用通信衛星が出現している。それが、本連載の第123回で取り上げた米海軍の「MUOS(Mobile User Objective System)」である。

こうしてコンピュータ同士のデータ通信が日常的に用いられるようになったことが、ネットワーク中心戦(NCW : Network Centric Warfare)につながった。つまり、車両・艦艇・航空機といったプラットフォームが複数集まり、ネットワーク経由で情報や指令をやりとりしながら、あたかも一体となっているかのようにして動く形である。

そうやってネットワークの重要性が高まると、そのネットワークが攻撃目標になり、サイバー戦という話につながる。当然、攻撃を仕掛ける側がいれば、その攻撃をはねのけようとする側もいる。サイバースペースが新たな戦場空間として認識されるようになった一因として、通信の世界にコンピュータが加わったことを挙げても間違いはないだろう。

影響その2「暗号のコンピュータ化」

もうちょっとミクロなレベルの話になると、例えば、暗号化や復号化の作業にもコンピュータが入ってきた。計算処理ならコンピュータは得意だから、実はコンピュータ向きの仕事である。

ご存じの通り、コンピュータ・ベースの暗号では公知の「アルゴリズム」と、ユーザーごとに異なる「鍵」をワンセットにする。今では音声でもデータでもデジタル通信としてやりとりすることが多いから、それなら「1」と「0」がズラズラと並んだビット列に対して、何らかの計算処理を行うことで暗号化、あるいは復号化ができる。

その基本的な考え方に軍民の違いはない。違いがあるとすれば、使用するアルゴリズムの違い、あるいは運用手順の厳格さといったところになるだろう。

また、コンピュータ・ベースの暗号では、公開鍵暗号を使用することで認証を行える。これは民生用のみならず、軍用としても利用価値がある話だといえる。

第2次世界大戦中、ドイツ軍が自国の防空を担当する夜間戦闘機に対して無線で指令を出していた時、そこに割り込みをかけて偽交信を仕掛ける「コロナ作戦」をイギリス軍が実施していた。認証によって本物と偽者の区別をつけることができれば、こういうニセ通信にだまされる心配は少なくなる。

影響その3「電子メールやチャットの活用」

われわれの日常生活では、通信手段というと「電話(音声通話)」と「郵便やファクシミリ(紙に書かれた情報)」が昔からあり、そこにコンピュータによる通信が入り込んできた。つまり、電子メールやチャットである。そして、電子メールの利用が増加したことで、電話による音声通話の需要は相対的に減少した。

軍事通信の分野でも同じような現象が起きている。つまり、音声でやりとりする代わりにコンピュータ同士がデータ通信(業界用語でいうところのデータリンク)を行うだけでなく、生身の人間同士のやりとりでも電子メールやチャットを利用する場面が増えている。

そうした話の一例が、米空軍でMQ-1プレデター無人機を操っているオペレーターが書いた『ハンター・キラー』という書籍に出てくる。MQ-1プレデターやMQ-9リーパーのオペレーターは、無線による音声の交信だけでなく、チャットを使って連絡を取り合っているのだという。

音声の交信だと、それを録音しておかないことには、後で「言った、言わない」の水掛け論になる可能性が残るし、言い間違いや聞き間違いによる伝達ミスの可能性もある。その点、電子メールやチャットであれば記録が残る。ただし、タイプミスや読み間違いの可能性は皆無ではないから、そこはやはり注意が必要だが。

ともあれ、こうした音声以外の通信手段が出てきたことで、以前と比べると「指揮所が静かになった」という話が聞かれる。