【コラム】

軍事とIT

127 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ

井上孝司  [2016/02/25]

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軍隊がただの暴力集団と違うのは、「統制」が敷かれていることにある。国家指導者が「やれ」と命じたら交戦する、「やめろ」と命じたら交戦を止める。それができなければ、それはもはや軍隊とは言えないのだ。

通信手段いろいろ

そこで出てくるキーワードが、指揮・統制・通信・情報(C3I : Command, Control, Communications and Intelligence)だが、それらの中でも通信は重要である。下された命令を伝達するにも、現場から報告を上げるにも、何かしらの通信手段がなければ始まらない。

「軍事とIT」という看板を掲げているのに、これまで通信の話を取り上げていなかったのは、なんとも画竜点睛を欠く話であった。そこで通信にまつわる話をいろいろ書いてみようと思う。

まずは、軍事作戦で用いられている、あるいは用いられていた通信手段にどんなものがあるか、振り返ってみよう。

伝令

人間がメッセージを覚えておいて、伝達すべき相手のところまで出向き、口頭でメッセージを伝える方法。マラソン競技のルーツになったエピソードを思い出していただきたい。

問題は、メッセージを正しく記憶できるかどうか、それと相手が遠くにいると伝達に時間がかかる点である。自分の足で走る代わりに馬に乗る、あるいは自転車で走るほうが速いが、地形や道路状況によっては使いづらい手段である。紙に書いたものを持っていけば内容は正確に伝わるが、敵に捕まったら面倒である。

伝書バト

笑ってはいけない。本当に軍用の通信手段として使われていたのだから。人間が走って行くよりも速いし、地形による制約も受けにくい。とはいえ、やはり伝達には相応の時間がかかる。それに、ハトを調達・育成する手間も無視できない。

視覚的伝達手段

視覚的伝達手段とは何のことかと思われそうだが、「発光信号」「手旗信号」「腕木信号」「狼煙」の類である。発光信号なら、電信と同様に光の点滅パターンで文面を表現する。手旗信号なら、旗を上げ下げする向き・パターンで文面を表現する。腕木信号は、過去にヨーロッパで使われた方法で、建物から突き出した腕木の向きを変えることで文面を表現する。

伝令が走っていくよりも迅速に伝達できるが、目視できる範囲内・目視できる時間帯や気象環境下でなければ通信が届かない。ただし、距離の問題は、複数の担当者を置いてリレー式に中継させれば解決できる。発光信号みたいに灯火を使えば夜間でも伝達が可能だが、悪天候だけはどうにもならない。狼煙だと「オン」と「オフ」の区別ぐらいしかつけられないし、煙が風に流されて薄れてしまうようなこともあったかもしれない。

電気通信(有線)

昼夜・天候を問わずに使えるので有用である。ただし、いちいち電線を架設しなければならない点がネックになる。野戦環境では敵軍による破壊工作、あるいは砲爆撃によって電線が切られる可能性がある。また、単純な1対1の通信よりも複雑な形態になると、交換機を設置して適切に回線をつなぐ手間もかかる。

そして、いちいち電線を架設しなければならないのでは、洋上や空中では使えない。

電気通信(無線)

その点、無線なら無線機を設置してアンテナを立てるだけで通信できるし、電線を架設する手間や電線が切れる(切られる)心配も不要だ。海中にいる潜水艦でもなければ、大抵のヴィークルで使える。

ただし、周波数帯によっては天候の影響を受けることがあるし、遠距離通信を行う際にも周波数帯の選択が問題になる。そして、電波を使用する通信には「敵に傍受される可能性」という問題がついて回る。筆者の口癖だと「電波に戸は立てられない」。

通信インフラの整備

世界的な話を書き始めると話が大きくなりすぎるので、日本の話を書いてみよう。

アメリカでモールスが電信機を発明したのは1837年のことだそうだが、ペリーが1854年に日本に2度目の来航をした時、将軍家に電信機を献上するとともに横浜でデモンストレーションをやって見せたという。また、榎本武揚がオランダ留学を終えて帰国する際に、オランダで建造した軍艦「開陽丸」に電信機や電線を積み込んできたそうだ。

こうした話が発端となり、明治の初めの頃から国内で有線電信網の架設が始まっていた。明治一桁のうちに、国内主要地域間に電信網ができていたというから驚く。それどころか、海外との間を結ぶ海底ケーブル網の設置も進められていた。

軍事面で見ると、西南戦争では征討軍が電信を活用して状況を中央に報告していたとの話が残されている。ただしこの時、熊本城に陣取った征討軍が包囲された上に電線を切られてしまい、外部との通信が途絶したとのエピソードも残されている。有線通信や伝令の難点がモロに出た形だ。

無線はどうかというと、イギリスでマルコーニが無線電信機を考案したのは1894年の話で、1899年に英仏海峡越しの通信デモンストレーションを実施、1902年にはイギリスからアメリカに向かう船を使った通達実験を行うに至った。これに目をつけたのが日本海軍だが、イギリス側が高額の特許料支払いを求めてきたため、マルコーニ式を諦めて独自に電信機を開発した。

最初に開発した三四式無線電信機は満足できる性能ではなかったというが、その後にイギリスから得た技術情報などにより、改良型の三六式無線電信機を実現。これの制式化はなんと、日露戦争の開戦40日前というギリギリのタイミングだった。

日本海海戦の際に哨戒を担当していた仮装巡洋艦「信濃丸」(商戦を徴用して軍艦として使っていた)から「敵発見」の報告が上がってきた話は有名だが、このフネに無線電信機が載ったのは海戦の1カ月前だったそうだ。

無線で迅速に報告を上げられることの重要性は、言うまでもない。いくら敵艦隊を発見しても、情報伝達に時間がかかれば、その情報は有用性を失う。というわけで、通信インフラの整備が日露戦争の勝利(というよりもむしろ、負けなかったというべきか)に貢献したのは間違いない。

その日本海軍がどうして、太平洋戦争では通信にまつわるポカを続発させるようになってしまったのかと思うが、その話は本題からの脱線につながりそうなので、ひとまずおいておくことにする。

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インデックス

連載目次
第140回 X-2と将来戦闘機(6)モデリングとシミュレーション
第139回 X-2と将来戦闘機(5)カウンター・ステルス
第138回 X-2と将来戦闘機(4)クラウド・シューティング
第137回 実はハイテクな救難ヘリコプター
第136回 X-2と将来戦闘機(3)スマート・スキン
第135回 X-2と将来戦闘機(2)推力・飛行統合制御[2]
第133回 X-2と将来戦闘機(1)推力・飛行統合制御[1]
第132回 軍事作戦と通信(5)通信とコンピュータの関わり
第130回 軍事作戦と通信(4)国立暗号博物館訪問記
第129回 軍事作戦と暗号(3)暗号の機械化
第128回 軍事作戦と通信(2)コードとサイファー
第127回 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ
第126回 人工衛星(5)早期警戒衛星
第125回 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)
第124回 人工衛星(3)偵察衛星
第123回 人工衛星(2)通信衛星
第122回 人工衛星(1)軍事衛星の種類いろいろ
第121回 防空とIT(7)エネルギー兵器の場合
第120回 防空とIT(6)IAMD(防空とミサイル防衛の統合)
第119回 防空とIT(5)艦隊防空[その2]
第118回 防空とIT(4)艦隊防空[その1]
第117回 防空とIT(3)野戦防空
第116回 防空とIT(2)防空システムのコンピュータ化
第115回 防空とIT(1)第二次世界大戦における防空システム
第114回 米海軍イージス艦を見る(4)戦闘システムの形態管理
第113回 米海軍イージス艦を見る(3)艦橋の更新
第112回 米海軍イージス艦を見る(2)戦闘システムの更新
第111回 米海軍イージス艦を見る(1)「変わるもの」と「変えてはいけないもの」
第110回 電子戦とIT(10)蔵出し写真館・艦艇編
第109回 電子戦とIT(9)蔵出し写真館・飛行機編
第108回 電子戦とIT(8)電子戦装置の自動化
第107回 電子戦とIT(7)艦艇の電子戦装備
第106回 電子戦とIT(6)その他の電子戦
第105回 電子戦とIT(5)自衛用電子戦装備
第104回 電子戦とIT(4)ECCM
第103回 電子戦とIT(3)ECMとCOMJAM
第102回 電子戦とIT(2)脅威ライブラリ
第101回 電子戦とIT(1)電子戦とはなんぞや
第100回 水中戦とIT(9)ソノブイ・オペレーション
第99回 水中戦とIT(8) 潜水艦の目標運動解析(2)
第98回 水中戦とIT(7) 潜水艦の目標運動解析(1)
第97回 水中戦とIT(6)港湾警備・ダイバー探知
第96回 水中戦とIT(5)嫌らしい機雷
第95回 水中戦とIT(4)機雷戦その2
第94回 水中戦とIT(3)機雷戦その1
第93回 水中戦とIT(2)魚雷避けに関するいろいろ
第92回 水中戦とIT(1)水中戦とは?
第91回 艦艇のシステム化(6)タンクと電子制御
第90回 艦艇のシステム化(5)フネの中における通信手段
第89回 艦艇のシステム化(4)ズムウォルト級とTSCE-I
第88回 艦艇のシステム化(3)省人化とダメコン
第87回 艦艇のシステム化(2)指揮管制装置とは
第86回 艦艇のシステム化(1)システム艦とは
第85回 射撃管制(6)対地・対艦ミサイル
第84回 射撃管制(5)対空ミサイル
第83回 射撃管制(4)砲兵に特有の事情
第82回 射撃管制(3)機関銃・機関砲・火砲その3
第81回 射撃管制(2)機関銃・機関砲・火砲その2
第80回 射撃管制(1)機関銃・機関砲・火砲その1
第79回 相互運用性(5)相互運用性実現の足を引っ張るのは?
第78回 相互運用性(4)物資補給の相互運用性
第77回 相互運用性(3)情報システムの相互運用性
第76回 相互運用性(2)通信分野の相互運用性
第75回 相互運用性(1)相互運用性とは
第74回 不正規戦とIT(8)NATOが演習にソーシャル・メディアを取り込む
第73回 不正規戦とIT(7)国境線の侵入監視や港湾警備
第72回 不正規戦とIT(6)不正規戦と電子戦
第71回 不正規戦とIT(5)コミュニケーションに翻訳ツール
第70回 不正規戦とIT(4)民心掌握とIT
第69回 不正規戦とIT(3)通信を利用した追跡・捕捉
第68回 不正規戦とIT(2)コミュニケーション手段としてのIT
第67回 不正規戦とIT(1)宣伝戦とインターネット
第66回 衛星携帯電話も使いよう
第65回 個人用装備のIT化(5)無線機をめぐる話・いろいろ!?
第64回 個人用装備のIT化(4)個人用武器の精密誘導化
第63回 個人用装備のIT化(3)個人用情報端末機器のあれこれ
第62回 個人用装備のIT化(2) 個人レベルの通信網はどうするか
第61回 個人用装備のIT化(1) 個人レベルの情報武装
第60回 サイバー防衛(8) ソーシャル・エンジニアリング
第59回 サイバー防衛(7) サプライチェーンという戦場
第58回 サイバー防衛(6) オープンな場も戦場になる
第57回 サイバー防衛(5) 弱者の最強兵器
第56回 サイバー防衛(4) アクティブ・ディフェンス
第55回 サイバー防衛(3) 攻撃手段いろいろ
第54回 サイバー防衛(2) サイバー攻撃の動機・手段・内容
第53回 サイバー防衛(1) サイバー攻撃・サイバー防衛とは
第52回 軍事におけるシミュレーションの利用(6) 負傷者治療の巻
第51回 軍事におけるシミュレーションの利用(5) 計測とデブリの巻
第50回 軍事におけるシミュレーションの利用(4) 海の巻
第49回 軍事におけるシミュレーションの利用(3) 陸の巻
第48回 軍事におけるシミュレーションの利用(2) 空の巻
第47回 軍事におけるシミュレーションの利用(1) RDT&Eの巻
第46回 情報活動とIT(6) 情報戦とサイバー戦
第45回 情報活動とIT(5) 情報資料の配信と利用
第44回 情報活動とIT(4) 情報を管理するためのシステムに求められる課題
第43回 情報活動とIT(3) ELINT・COMINT・SIGINT
第42回 情報活動とIT(2) 画像情報のデジタル化
第41回 情報活動とIT(1) なぜ情報活動が必要か
第40回 軍艦・海戦とIT (6) 艦艇の設計・建造とIT
第39回 軍艦・海戦とIT (5) ダメージコントロール
第38回 軍艦・海戦とIT (4) ウェポンシステムとオープンアーキテクチャ
第37回 軍艦・海戦とIT (3) データリンクによるネットワーク化
第36回 軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合
第35回 軍艦・海戦とIT (1) システム艦ってなに?
第34回 警戒監視体制の構築とIT(6) IT化と人手の使い分け
第33回 警戒監視体制の構築とIT(5) 宇宙空間とサイバー空間
第32回 警戒監視体制の構築とIT(4) 陸の警戒監視
第31回 警戒監視体制の構築とIT(3) 海の警戒監視
第30回 警戒監視体制の構築とIT(2) 空の警戒監視
第29回 警戒監視体制の構築とIT(1) 警戒監視とITの関わり
第28回 指揮統制・指揮管制とIT(4) : 関連する要素技術とまとめ
第27回 指揮統制・指揮管制とIT(3) 軍艦の戦闘指揮所
第26回 指揮統制・指揮管制とIT(2) 特定任務分野の指揮管制
第25回 指揮統制・指揮管制とIT(1) 戦略・作戦レベルの指揮統制
第24回 陸戦とIT(6) 兵站業務とIT活用
第23回 陸戦とIT(5) 地雷やIEDの探知もハイテク化
第22回 陸戦とIT(4) IT化と電源の問題
第21回 陸戦とIT(3) 陸戦と通信網
第20回 陸戦とIT(2) 陸戦兵器の精密誘導化
第19回 陸戦とIT(1) 陸戦における状況認識
第18回 UAVとモジュラー設計
第17回 UAVによる映像情報の収集とデータ処理
第16回 無人戦闘機は実現可能か?
第15回 UAVと有人機の空域共有問題
第14回 武装UAVのオペレーション
第13回 無人偵察機(UAV)に関する基本と武装化の経緯
第12回 Build a Little, Test a Little and Learn a Lot
第11回 イージス・アショアとモジュール化と相互運用性
第10回 ミサイル防衛に必要な通信網とネットワーク化交戦
第9回 イージス艦のベースラインと能力向上
第8回 イージス艦とはそもそも何か
第7回 弾道ミサイル防衛とC2BMC
第6回 F-35ライトニングIIの操縦システム
第5回 F-35ライトニングIIの兵站支援
第4回 F-35ライトニングIIのソフトウェア
第3回 F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦
第2回 F-35ライトニングIIの"眼"
第1回 F-35ライトニングIIは何が違う?

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