スマートフォンが普及し、オフィスにもPC設置が標準となった現代、「JPEG」に触れたことがないという人はまずいないのではないだろうか。この媒体に掲載している写真やイラストも「JPEG」形式で保存されている。

だが、あまりにも生活に浸透しすぎていて、「JPEG」そのものについて意識する機会はあまり無かったのではないだろうか。

そこで今回は、JPEGを作った団体に所属し、画像処理の研究を行っている拓殖大学の渡邊修准教授に、「世界一身近な画像圧縮技術」と言って差し支えない地位を確立した「JPEG」について、誕生の経緯から普及の流れ、そしてこれからリリース予定の次世代規格までお話を伺った。

拓殖大学 電子システム工学科 渡邊 修 准教授


ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 1 (JPEG) メンバー。画像処理、特に画像圧縮とその応用に関する研究が専門

――JPEG2000やJPEG XRといったJPEGの後継規格があります。これらについても、まず概要からお教えいただけますか。

JPEG 2000はその名の通り、2000年に入ってから規格化された比較的新しい規格です。そうは言っても、JPEG 2000ができてから現時点で10年以上経過していますが。

その当時、カメラのセンサーの性能が上がり、すごく大きな画素数に加えて色の数(bit)も増えてきていて、内部的にはとてもデータ量が多くなってきていました。その他にも理由はいろいろとあるのですが、時代の要請に対してJPEGだけでは答えられなくなりそうだということで、次世代規格を作る運びとなりました。

こういった規格を作る時というのは、「足らないと分かってから作る」というのでは間に合わないんです。「今こうだから、今後5年後、10年後はこうなるだろう。だから、新しい規格を作っておかないと」ということで、決められたのがJPEG 2000なんですね。

先ほど「劣化」に関してご質問がありましたけれど、JPEGには代表的な劣化パターンがありまして、一番嫌われるのが画像に四角い模様が発生する「ブロックノイズ」です。

ブロックノイズの例。右の画像をよく見ると、元の写真(左)にはない四角い模様が出てしまっている

モスキートノイズの例

それから、文字の周りに発生することが多いのですが、蚊が飛んだような模様が出るものを「モスキートノイズ」と言います。これらは、圧縮率が高くなると目立って発生します。こういったノイズが出ないように、高い圧縮率で、キレイな画質の実現を目指したのがJPEG 2000です。

また、JPEGができた段階では、インターネットは今ほどは普及していませんでした。しかし、JPEG 2000を策定検討していた頃には、もう多くの人にとって当たり前のものになっていました。Webでは、画像データをサーバに置いて閲覧するというときに、サムネイルがたくさん並んでいて、クリックすると拡大されるという見せ方はよくあるかと思いますが、これを実現するにはサムネイル用の画像と、拡大用の画像を複数用意しなくてはならず、作業する人にとっては煩わしいものです。

一方、JPEG 2000は一回圧縮しておくと、その画像データの一部を使って、小さいサイズのものを表示するという運用ができます。あるいは、最初に表示される画像はそこまでキレイなものでないけれど、それを詳しく見たいと思った人がクリックすると、高画質なものが出てくるという見せ方も可能になります。そういった、ひとつの圧縮データに対してさまざまな使い方を持たせる機能をスケーラビリティ機能といいますが,そういった時代に即した機能をプラスする目的で始まった規格なんです。

――JPEG 2000の特性をお聞きすると、Webで使われることも想定しているようなのですが、今のところJPEG 2000をサポートしているブラウザはないようです。これはなぜなのでしょう?

明確な理由は思い当たらないですが、やはり主要なWebブラウザが対応していないことが大きいんじゃないでしょうか.なぜ対応しないのかという理由のひとつに,JPEG 2000は処理が重たいということが挙げられます.特にWebブラウザといっても、今はもうPCのものと言いがたいところがあるじゃないですか。スマートフォンなどのモバイル端末の方が広く使われていて、最近はWebのトラフィックの総数において、スマホ・タブレットがPCを上回ったという話も聞いたことがあります。

そうした中で、今スマホ向けのブラウザを作っている企業、例えばGoogleならChrome、AppleならSafariだとか、表示までのスピードを競っているじゃないですか。速度を軸に競争が行われている中で、JPEG 2000に出番はあまりないかもしれません。表示スピードとなるとJPEG 2000は圧倒的に(JPEGより)遅いので…。コンマ何秒という世界で競い合っているところに導入されるのは厳しいかもしれません。

もう少し前の時代にねじこんでおけば採用の可能性もあったのかもしれませんが、スピードを軸に開発されるとなると、もはやJPEG以外は対応が難しいと思います。多くのフォーマットに対応しようとすると、コードのサイズも増えてバグも増えますし。

――まさにこのインタビューも含め、JPEGのサムネイルを毎日作っている身からすると、JPEG 2000が採用されてほしいものですが…。

JPEG 2000をネットワーク経由でスケーラブルに表示するための規格は公開されてるので、例えばマイナビさんがどこかに依頼して、JPEG 2000に対応したサーバを作ってもらうことはできます。

ただ、JPEG 2000の機能を使った画像の一部のみ配信というようなことをできるように規定はしてありますが、これをフルで実装している製品はないんです。なので、手探りで規格を読み解いていかなくてはいけません。何より、作ったところでブラウザはJPEG 2000に対応していないので、そこまで作ってもフリーアクセスの状態にするのは厳しい。なので、Webの用途ですと現状なかなか厳しいと言わざるを得ないですね……。

ただ、僕もすべての事例を押さえているわけではないので、新聞社など今までの膨大な自社の資産があって、それを一気にアーカイブしておくことに予算が付く場合であれば、そういうものを内々で作っているところはあるかもしれませんね。社内の過去記事検索をマイクロフィルムから置き換えるですとか、美術館のアーカイブ検索など、そういったもののために、JPEG 2000に対応したサーバを立てるということはありえるかと思います。

次回は、JPEG 2000が使われているさまざまな事例をお話いただきます。