スマートフォンが普及し、オフィスにもPC設置が標準となった現代、「JPEG」に触れたことがないという人はまずいないのではないだろうか。この媒体に掲載している写真やイラストも「JPEG」形式で保存されている。

だが、あまりにも生活に浸透しすぎていて、「JPEG」そのものについて意識する機会はあまり無かったのではないだろうか。

そこで今回は、JPEGを作った団体に所属し、画像処理の研究を行っている拓殖大学の渡邊修准教授に、「世界一身近な画像圧縮技術」と言って差し支えない地位を確立した「JPEG」について、誕生の経緯から普及の流れ、そしてこれからリリース予定の次世代規格までお話を伺った。

拓殖大学 電子システム工学科 渡邊 修 准教授


ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 1 (JPEG) メンバー。画像処理、特に画像圧縮とその応用に関する研究が専門

――前回、JPEG 2000がプロフェッショナル用途で成功しているとお伺いしました。近年は市販のカメラでも映画が撮れるような高画質が撮れるようになってきていて、一眼レフデジカメで映画を撮った例なども出てきているので、今のお話から考えると何らかの機種でJPEG 2000が採用されているのかと思いましたが、そういったわけではないのですね。

はい、ないですね。それはまた理由があるんです。

――教えていただけますか?

話が前後してしまうのですが、JPEGの主な形式3種(JPEG、JPEG 2000、JPG XR)を説明するときのグラフをご覧ください。

縦軸が性能、どれくらいキレイか、何ができるかといった内容で、横軸が、それを実現するための大変さ、チップの複雑さ、さらに簡単に言えばチップの値段になってしまうのですが、それを現しています。

JPEGは、現代において高パフォーマンスとは言えないものの、実現するのがとても簡単なんです。製品コストの面では、量産すれば1つのチップあたり100円くらいでできてしまいます。また、例えばiPhoneなどで何枚も連写できたりしますが、あれはJPEGの処理が軽くて高速に動作できるために実現している機能です。

もしJPEG 2000を高速動作させようとすると、回路の規模はおよそ100倍になってしまいます。そうすると、100円で済んでいた圧縮部分の部品が1万円かかることになり、それをメーカーがどう思うか……ということなんです。そうなると、まず採用されることはないです。

また、一般消費者の方の目から見た時に、正直なところJPEG 2000でなくJPEGで今でも十分なんです。

――肉眼で見て分からないということですか?

一般の方が違いを感じ取るのは難しいかもしれません。ですが、先ほどお話しした映画製作では目の肥えた人たちが扱うものですので、ある一定以上の品質が必要になり、マスタリングの領域ではJPEGに変換しただけで「使うに堪えない」と言われてしまうんです。

とはいえ、映画のデータは膨大になりますから圧縮しておきたい。ただし、なるべくキレイになる方法で、ですね。プロの方々は多少マスタより質が落ちるところまでは許せても、それでもいくら何でも許せないというボーダーラインがあって、JPEGだとまったくお眼鏡にかなわないんです。

というのはRGBのひとつひとつの要素が1画素あたり8bitの明るさ、256段階がメインターゲットなのですが、ハリウッドの方々は8bitでは足りないと言うそうなんです。正直、一般の人が8bit以上の画像を見ても、色がキレイになったかどうかはよくわからないレベルです。でも、ハリウッドの人たちは見分けられて、色の再現性が甘いと言われてしまう。ハリウッドにはNTT研究所の方々がJPEG 2000を用いたシステムのプロトタイプを作って持って行って、映像を流して見せたら、これならOKだと言われたそうです。そういう部分では性能最優先で、JPEG 2000を使うという流れですね。

――では、もうひとつの次世代規格であるJPEG XRは今どこで使われているのでしょうか?

JPEG XRはグラフの通り、JPEGとJPEG 2000の間に位置する、そのギャップを埋めるための規格です。

……という建前なのですが、実はマイクロソフトから「Windows向けに作ったHDPhotoという方式を標準規格にしないか」という提案があったんです。なので、この規格だけほかのものと成り立ちの性質が異なります。

――JPEGが中心となって各社の技術で策定する、という流れとは逆のフローですね。

はい、そうです。ですから、この規格が使用されているのもほとんどWindows関係となっています。一部ハイエンドな画像編集ソフト(のWindows版)で使える、といったところではないでしょうか。

性能としては、JPEGよりは明らかに良いのですが、JPEG 2000と比べるとあまり良くないといったところです。JPEGの性能を1とすると、JPEG 2000が100倍、JPEG XRは10倍くらいという感じです。

――JPEG XRの大規模な使用例はあったりするのでしょうか?

僕は聞いたことがないですね。ですが、チップメーカーとかでJPEG XRのチップを作れるようにしているところはいくつかあります。どこかから声がかかった時にすぐ対応できるように、IPコアとしてはもっているようです。あまり華々しい開発・導入の例は聞いたことがありません。

――品質と負荷を考えると、今なお標準的に使われているのがJPEGというのも納得ですね。

JPEGの普及というのも大きな要因なのですが、実はこの2つの新規格が広まらないのには、もうひとつ大きな問題があるんです。

次回は、JPEGより高機能な次世代規格がなかなか広がらない「理由」についてお話しいただきます。