不名誉な新記録更新中

たった4カ月と9日で昨年の記録を上回り、過去最高を記録。売上や利益なら、喜ばしいことですが、ネットバンキングの不正送金被害です。警察庁のまとめによれば、5月9日までで被害額は約14億1700万円を記録し、過去最悪だった去年の記録を塗り替えました。犯罪者が悪いというのが大前提とはいえ、金融機関の対策に落ち度はなかったといえるのでしょうか。ちなみに被害の増加は、Windows XPのサポート切れとは関係ありません。

例えばゆうちょ銀行が今年の6月23日から無料配布を始める「トークン」。これは手のひらにおさまる小さな機械で、取引一回限りのパスワードを発行することで取引の安全性を高めます。三井住友銀行もネットバンキング「SMBC ダイレクト」向けに、先立つ昨年10月にトークンを無料配布しました。しかし、ネット専業銀行の「ジャパンネット銀行」では、8年前の2006年からトークンを提供しています。ネット専業の企業にとって、ネット取引の安全性は死活問題であり、本気度が違う証左です。ネットバンキングを利用するなら、ネット専業銀行をオススメします。窓口をもつ銀行は「ネットバンク0.2」だからです。

ツーポイントが支える生活

中小企業、とりわけ零細企業にとってネットバンキングは経営の味方です。入金確認から各種支払いまでオンラインで完結でき、わざわざ窓口で受付札を手にする必要がありません。もちろん、無料です。これにより銀行に出向く人件費、交通費、なにより時間を省略できます。窓口で最大648円かかる他行宛の振込手数料も、ネット銀行では条件付きながら無料の金融機関が幾つもあります。そして、もっとも差がつくのは「残高照会」です。ジャパンネット銀行は無料ですが、りそな銀行では、法人口座の場合、月額5400円(りそなビジネスダイレクト利用)が必要です。自社の口座の残高を、オンラインで確認するのに手数料がかかるのです。それはつまり、りそな銀行でネットバンクをはじめると、何もしなくても毎月お金が減っていくということです。

大手チェーンの躍進で青息吐息の街角の眼鏡店「I」が細々と営業を続けていけるのは、同業者からの眼鏡加工の依頼によります。いまどきの眼鏡加工は、機械研磨で半自動ですが、細かな加工は人力の領域です。レンズに直接、部品を取り付ける「ツーポイント」など、細かな作業を苦手とするメガネ屋も少なくなく、さらに高齢化により手先が見えないメガネ屋…といえば大袈裟ですが、手間のかかる加工を「I」に発注しているのです。

いまでもXPのセキュリティ

そのIが使っているパソコンは、いまでもWindows XPです。サポート終了に合わせて買い換えも検討しましたが、最大のネックは「ネットバンク」でした。パソコンを買い換えると、専用ソフトのインストールが必要で、そのためには金融機関の担当者を呼びだし、セッティングを依頼しなければならなかったのです。頃合いを見計らうなか、時が過ぎ、いまに至ります。

Iが利用する金融機関のネットバンクサービスは、専用ソフトで利用します。パソコンの個体番号をサーバに登録し、そのパソコンからしかアクセスできないように設定します。理由をセキュリティ対策とし、アクセスする端末を限定することで、ウィルス対策なども集中的に行えると、もっともらしい説明を加えますが詭弁です。ウィルス対策はもはや、すべてのパソコンに必須で、パスワード管理は人的ミスによるところが大きく、パソコンの台数は理由にならないからです。

パソコンを限定することで、不特定多数のアクセスからサーバを守る狙いなのでしょう。これはサーバ保護に一定の効果があります。つまりは「サーバのセキュリティ対策」です。利用者の利便性は置き去りにされています。内輪の理論を優先させる、金融機関の「性根」が見える設計思想です。

ただし、今後もIにおいて不正送金などのトラブルが起こる可能性は低いとみています。

最後はマンパワー

Iの経理担当者は、ネットバンクの使用法について分からないことがあると金融機関に電話をかけます。すると徒歩5分の所にある金融機関の支店から、担当者が自転車で駆けつけ「書類」で手続きを完了させます。そしてネットバンクについては「おいおい、覚えていきましょうね」と捨て台詞はいて帰っていきます。ネットサービスを、リアルのマンパワーで解決する「ネットバンク0.2」です。

金融機関の担当者もネットバンクを使っていません。先のソフトも、協力会社のスタッフがやってきてインストールしていきます。その姿勢はまるで「ネットもやっていますよ」というアリバイ作りです。大なり小なりの違いはあっても、窓口を持つ日本の金融機関に通底します。最後はマンパワーで解決しようとする企業風土、業界文化が、ネットの不正対策で後手に回る理由なのかも知れません。そして、こうした「諸経費」を負担するのは利用者。先に紹介した手数料の違いに表れます。つまり、ネットへの取り組みの怠慢を、利用者に押しつけている構図で、放漫経営の末に公的資金が注入され救済された業界の反省をみつけるの困難です。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネットバンキングの安全性は銀行の本気度で変わる」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」