最大の目玉の正体

今年の日本株式市場における最大の目玉と囁かれているのが「LINE」。いわずとしれたチャットアプリの運営会社の上場です。売り出し条件にもよりますが、「爆騰」が予想されている銘柄ですが、わたしは手を出さない予定です。LINEを運営するLINE株式会社は、韓国最大の検索ポータルサイトを運営する韓国企業「ネイバー株式会社」の100%子会社。理由はそこではありません。「ライブドア」のサービスを引き継ぎ運営しているからです。もちろん、今はあのライブドアとは無関係ですが、もともと無料ネット接続サービスしていた会社の破綻に伴い、あのライブドアが買収して以下同文というゲンの悪さを嫌います。あのライブドアの紙切れになった株券を持っていることも理由のひとつですが。

本稿執筆時、具体的なスケジュールは発表されていませんが、今年中の上場を裏付けするのが「日経新聞」です。2014年5月30日の朝刊に『拡がるLINE販促』と、見出しが躍っていたからです。日経新聞に礼賛記事が登場するのは上場が「近い」というサインです。しかし、見出しにあるように「LINE」は販促へ役立つのでしょうか。

キュウリとメロンの比較

記事は「売上3倍増」という小見出しで始まります。江崎グリコの「ポッキー」がスーパーなどで前年比3割増のペースで売れており、その理由をオマケで提供するLINEの「スタンプ」にあると報じます。LINEの「マストバイ」というサービスを利用したもので、グリコが「購買意欲を直接引き出す効果がある」と述べるその費用は3000万円。昨年9月に実施したときには延べ200万人超がダウンロードし、単純計算すると1箱あたりの販促費は15円。3割伸びたとするスーパーでの実売価格が150円前後とすれば1割にあたります。記事は続けて「スマホゲームの有料会員獲得広告費は1000円」と紹介します。永遠に原価が発生するお菓子と、理論値において原価ゼロになるデジタルデータのスマホゲームの粗利率には雲泥の差があります。どうやら日経新聞は、キュウリとメロンの肥料価格を比較しても意味がないことを知らないようです。

提灯記事に突っ込みをいれるのも野暮な話しですが「中小や個人にもLINE販促の道は広がりつつある」と結ぶ点が見逃せません。この記事を鵜呑みした先に待つのは「プロモーション0.2」だからです。

江崎グリコなう

LINEが販促に使えないとはいいません。曲がりなりにも4億人を突破した利用者数は、販促の場として充分に魅力的です。しかし4億人という市場はすでに「大衆=マス・マーケット」になっているということです。マス・マーケットでは江崎グリコを筆頭に、資本力のある企業が有利なことはリアルをみれば言わずもがな。そしてそもそも日経が紹介する江崎グリコとはSNSの達人企業です。

Twitterが国内で注目を集め始めたとき、ビジネスの成功例として紹介されたのが「ドロリッチなう」です。Twitterで世に出た津田大介氏を始め、IT業界の大半が礼賛しました。ドロリッチの変わった食感を味わった消費者が、Twitterでこうツイートするのがブームとなったことを「理由」に、売れたと報じられたのですが嘘です。もともとその食感は、発売当初から業界内外の注目を集めていました。売れている商品をTwitterでつぶやいて、それをTwitterの手柄だと思い込んだ勘違いに過ぎません。そしてドロリッチは江崎グリコの商品。同社がSNSの成功例、いや「SNSで成功した事例」というプロモーション方法を見つけた瞬間です。

SNSの活用には裏がある

昨年の11月には「ポッキー」と含んだツイートがギネス記録に認定されました。それは同社が制定した11月11日の「ポッキーの日」に合わせ、専用アカウントまで用意して仕掛けたイベントであり、先立つ10月には

「日本発 ! 記念日マーケティングで世界の人々をハッピーに」

と事前告知までしたプロモーションの賜です。昨年末には「ふなっしー」ともコラボしていましたし、最近の話題では「大人AKB」もありました。つまり日経新聞が紹介したLINEによる売上増とは、江崎グリコの持つ、高度なプロモーションスキルにより実現した可能性が高いとみるべきです。また、LINEでプレゼントしたスタンプとは、人気キャラクターの「スヌーピー」で、江崎グリコのホームページにはこうあります。

"2013年好評だった 「 スヌーピー 」 たちとのコラボレーション第二弾"

すると実績からみれば「スヌーピー効果」というべき事例です。ちなみに記事で紹介していた昨年9月の「200万ダウンロード」ですが、同社のサイトにこれに関連するイベントは見つかりませんでした。プロモーション巧者の江崎グリコが、成功事例を掲載し忘れている…のでしょうね。きっと。

繰り返しになりますが、LINEの販促効果がないというのではありません。しかし、江崎グリコというプロモーションの達人の事例は、一般企業、とりわけ中小や個人事業の参考になることはほとんどありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「『成功例』の大半は役に立たず」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」