ベルギーの最先端半導体・デジタル技術の研究機関であるimecは2025年5月下旬、ベルギー・アントワープにあるベルギー最大のコンサートおよびイベントホールであるクイーンエリザベスホールで年次イベント「ITF World 2025」 を開催した。
今年のテーマは「Setting the stage for AI-driven digital transformation(AIが主導するデジタル変革の基盤を築く)」で、ITFは、「imec Technology Forum」の略。ITFそのものは日本を含む世界各地で毎年行っている年次イベントであるが、ITF Worldはそのグローバル規模での統合版であり、世界中から2000人を超える半導体・AI/IT関係者が参加する形で開催された。
かつては、「ITF Belgium」と呼ばれ、日本を含む世界数か所で開催されていた年次研究成果発表会の1つとして、いわばベルギー版の位置づけであったが、現在は世界の主要半導体およびAI/IT企業などの経営者が今後の経営・技術戦略を紹介し、未来の方向を探る国際的なイベントへと変貌を遂げており、imecの研究内容の紹介は、講演会に併設の展示会で行われている。
米トランプ政権の対欧50%関税賦課に反発する欧州が進める半導体の進化への取り組み
従来は、中国を含む世界中の人々に開放されたイベントだったが、米中貿易摩擦が激化した2023年には、先端半導体の確保に向けた自由主義陣営の国際協調を再確認するような政治色の強い内容が目立つようになった。そんなITF World 2023の登壇者を振り返ると中国企業や政府の関係者は皆無で、聴衆の中にも中国からの参加者はいなくなった。
一方で欧州・米国・日本の政府の半導体政策立案者による国際協調を強調した半導体国際協調鼎談が行われ、日米欧それぞれ域内での半導体製造への支援を促進する法律を成立させた責任者たちが先端半導体の開発で協力し合うことで意気投合した。日本からは経済産業省商務情報政策局長の野原諭氏が登壇していた。
しかし、今回のITF World 2025では、この状況がさらに一変した。米国のトランプ政権が欧州連合(EU)の対米輸入品すべてに50%もの関税を課すと警告して米国と欧州政府が激しく対決する状況下で、欧州各国が一致団結して欧州に2nm超の最先端半導体試作ラインを構築するnanoICプロジェクト(詳細はこの連載の別の回で述べる予定)を成功させるための議論が相次いだ。この取り組みにより、欧州における先端半導体の開発・設計と試作を促進し、量産につなげようとしている。
AIの発展に必須の半導体技術
ITF World 2025の冒頭でimec社長兼CEOのLuc Van den hoe氏が「It's time to futureproof our prosperity by superfueling innovation, enabling next-gen AI(イノベーションを加速し、次世代AIを可能にすることで、私たちの繁栄を未来につなげるときが来た)」と題した講演を行った。
同氏はまずAIの進展に関して、「AIは驚異的なスピードで進化しており、ほぼ毎月のように主要なモデルとそのアップデートがリリースされている。これらのモデルが大規模言語モデルから高度な推論機能を備えた次世代AIへと進化するにつれ、コンピューティングシステムは異種ワークロードを高性能かつ持続可能な方法で処理することに苦戦している。AIに最適化された新しいコンピューティングアーキテクチャとそれを支える半導体技術の開発には、アルゴリズムの開発よりもはるかに多くの時間がかかる」と述べ、AIを基盤とした進歩を阻害するボトルネックを防ぐためには、コンピューティングアーキテクチャと半導体技術プラットフォームを刷新する必要があることを強調した。
また同氏は、「トランジスタ密度、消費電力、メモリ容量といった先端ロジックの課題の増大に対応するとともに、柔軟で汎用性の高いテクノロジープラットフォームに実装された、柔軟で汎用性の高いコンピューティングアーキテクチャが必要である」ことも実例を挙げながら強調。imecの現状と今後に関して、「最先端半導体技術の研究開発と将来のAIアプリケーションに向けたフルスタック・イノベーションの両方を加速するため、EUチップ法に基づきnanoICパイロットライン・インフラを拡張している」と説明したほか、こうした新たなインフラに加え、「imecでは補完的な知識を持つパートナーとの連携強化、さらなる国際化、グローバルな人材獲得、そしてヘルスケアや自動車といった多様なアプリケーション分野における強固なローカル・エコシステムの構築を通じて、イノベーションの促進を目指していく」とさまざまな取り組みを進めていることを示した。そして最後に、「人類を変革するイノベーションは、半導体産業のイノベーションのスピードにかかっている。今こそ、イノベーションのエンジンを強化し、未来を見据えた繁栄を築く時である」と話を結んだ。
このほか、基調講演の中で同氏は、新たな先端ロジック微細化に向けたロードマップを示したが、これと昨年のITF World 2024およびITF Japan 2024で示されたロードマップを比較してみると、
- 2027年のA14量産開始が2028年に1年後退
- 2031年のA7量産開始が2033年に2年後退
- 2037年のA2量産開始が2040年に3年後退
という具合に生産計画が後ろ倒しとなっている。この後ろ倒しについての具体的な説明はなかったが、これは、主に次世代EUVリソグラフィを用いた量産システムおよびその応用プロセス技術の開発の課題解決に時間を要する可能性を示唆していると思われる。物理的限界に向けた超微細化の困難さが浮き彫りになってきたと言えるだろう。
図4:imecの先端ロジック微細化のロードマップ。(上)2025年5月開催のITF Worldで発表したロードマップ、(下)2024年5月のITF WorldおよびITF Japanで発表していたロードマップ (出所:imec)
なお、次回は、AppleたソニーセミコンダクタソリューションズなどのITF World 2025の招待講演について紹介を行い、その後、基調講演でも触れられた欧州各国が結集して取り組んでいる欧州独自の2nm超パイロットラインについての紹介を行いたいと思っている。
(次回に続く)