自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識して もらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や消費者の買い控えなどが背景にある。しかし、超大企業と違い、中小企業やB to B(対企業取引)企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B企業も出始めている。この連載では、ITを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。
第9回は、モーター製造のシナノケンシ(長野県上田市)を取り上げる。同社は「ASPINA(アスピナ)」というブランド名を設定し、国内外で使用している。売り上げの大半を海外で稼ぐ同社にとって、「発音しやすいブランド名をつくり、浸透させることが社内外でプラスになっている」(金子行宏常務)という。聞き手は全研本社 本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。
シナノケンシ株式会社 代表取締役常務 金子行宏
1983年生まれ、長野県上田市出身
2005年 東北大学大学院理学研究科化学専攻入学
2007年 花王株式会社入社
2012年 Kellogg School of Management, MBA 取得
2014年 シナノケンシ株式会社入社
2021年 代表取締役常務就任
ポイント
①「ASPINA」のブランド名で国内外の企業イメージを統一、HPアクセス数3倍に
②ブランドブックを作成し、従業員の意思や行動規範を統一
③社内外でのブランディングを通じて営業面でも相乗効果
④開発中の製品の記者発表で問い合わせ多数、報道の威力を実感
本村:御社は精密モーターの製造を手掛けています。強みや特徴を教えてください。
金子:当社は1918年に紡績業の会社として創業しました。約60年前に音響機器向けのモーター製造を始めたのを皮切りに、今の主力事業である精密モーターを手掛けるようになりました。当社のモーターは小さく、軽く、静かであることが特徴で、扇風機やガス給湯器などの家電、コピー機や産業用の機械といった多くの製品に採用されています。ベアリング(軸受け)や磁気の構造などをクライアントのニーズに応じてカスタマイズすることにより、最適なモーターを作っています。日本以外にも米国、中国、インド、ドイツ、メキシコに進出しており、全社員(約4400人)のうち約3550人が海外で働いています。
本村:御社は「ASPINA」という名称でブランディングをしていますが、どのような背景がありますか。また、ASPINA の語源は何でしょうか。
金子:当社は売上高の8割が海外というグローバル企業です。「シナノケンシ」という名前は創業時の「信濃絹絲紡績」という名前に由来しますが、外国人には表記が長いうえに発音しづらい面がありました。長期的に成長するためにはよりわかりやすいブランド名が必要だと考え、2019年9月によりわかりやすく、発音しやすいブランド名を設定しました。
ASPINAは主力事業であるモーターを示す「スピン」をA(最良の意味)で囲んでいる言葉です。海外拠点を含めた幹部会議で話し合い、最も評判の良かったASPINAをブランド名として使うことにしました。
本村:最近は日本企業の間でもコーポレートブランドを確立しようという動きが盛んになっています。御社の事業や経営にとってブランディングはどんな意味があると考えていますか。
金子:大きく分けて2つあります。1つは潜在顧客への認知度向上です。グローバルに統一されたデザインで企業イメージを確立することで取引先が増える効果が期待できます。当社のウェブサイトは日本と海外でバラバラでしたが、しっかりしたコーポレートブランドを打ち出し、統一感を出しました。同時に検索エンジンの最適化(SEO)対策も実施したところ、ホームページへのアクセス数が約3倍に増え、新規顧客が増加しました。
もう1つは社内向け、いわゆるインナーブランディングです。企業イメージを確立することで、社内の意思を統一したり、モチベーションを向上させたりする意味合いがあります。日本と海外諸国との文化は似ている部分もありますが、大きく違う点もあります。海外進出してグローバル化が進んでいるだけに、組織としての統一感が重要なのです。
当社では社員の行動規範などを記した「ブランドブック」をつくり、社員全員に配布しています。企業イメージを全員の行動でつくっていくために、海外拠点をまわって従業員の方々に内容を説明しながら意思を統一しています。ブランドブックには例えば、「私たちの使命は、世界中の人びとの希望と快適をカタチにしていくことです」といった社員のミッションなどが書かれています。
本村:ユーザーは御社の従業員を見て、本当に企業イメージ通りのサービスや商品を提供しているかを確認しているように思います。御社の場合は対外的なブランディングだけでなく、インナーブランディングを通じて企業ブランドの統一を図っているように見えます。
金子:その通りです。せっかく潜在顧客がインターネットで調べて問い合わせをしてくれても、従業員がイメージ通りの対応をしなければあまり意味がありません。このため、ブランドブックなどを通じて従業員の行動規範を国内外で教育することが大切です。社内外で同時にブランディングを実施することが事業への相乗効果につながります。
本村:インターネットやスマートフォンなどIT機器が普及し、多くの情報が気軽に手に入るようになりました。こうした時代の変化が企業ブランディングに与える影響をどう考えますか。
金子:ネットの普及を受けて、お客様の購買行動が変わったことを実感しています。かつては営業担当者が商品の説明をするために企業に出向いていましたが、今は潜在顧客自身がネットで調べて問い合わせする時代です。ネットの普及を受けて、企業ブランディングはさらに重要になっていると考えられます。よりお客様に理解しやすく、覚えやすい情報発信を実施していかなければなりません。
インターネットの出現で海外諸国との壁がなくなったことも大きな変化です。今は日本から海外の潜在顧客にも情報を発信できます。それだけに信頼性の高い情報を発信する必要があります。海外では英語が公用語に近いため、海外拠点のネイティブスピーカーと協力して、英語版・日本語版のリリースを同時に発信することもあります。
本村:御社は多くのブランディング施策を実施していますが、成功した事例を教えてください。
金子:2020年10月に、小型人工衛星向けのリアクションホイールという姿勢制御装置の開発をスタートアップ企業と共同で進めるという記者会見をし、約20のメディアに記事にしてもらうことができました。まだ開発中の製品でしたが、その段階でも記事にしてもらえるのかという成功体験になりました。業界紙やネットニュースなどが記事にしてくれたことで、当社に宇宙市場で使われるほどの技術があるということを多くの方々に知っていただけたと思います。
多くの報道を受けて、宇宙関連事業に携わっている複数の企業から、「こんな製品を作れないか」と問い合わせがありました。報道のブランディングへの影響力がよくわかりました。採用面接でも宇宙関連の製品に言及する学生が多く、採用活動にもプラスになったと考えています。
本村:失敗例はありますか。
金子:ASPINAのブランド名を作った際、商標をとるのに予想以上に時間がかかり、ブランディング施策をなかなかスタートさせられなかった経験があります。特許庁に提出してから取得に半年以上がかかってしまい、より計画的に進める必要があったと反省しました。ほかにも、中国での工場の看板をつくったところ、デザインやロゴが微妙に違っており、作り直す羽目になったこともありました。国内外で従業員の意思を統一し、ブランディングを実施することの難しさを痛感しました。
本村:全研本社が運営するサイトに御社のハイスピードカメラが取り上げられています。
金子:全研本社のサイトに、他社とともに掲載してもらっていることにより、当社のカメラがどんな強みがあるのかを潜在顧客に理解してもらいやすくなりました。当社のハイスピードカメラは、車載部品の挙動解析や工場の生産工程の見える化(金属の切削加工の粉末の飛び方など)のために不可欠な製品です。一方で1台数百万円もの高価な製品でもあるだけに、詳細な内容を理解してもらうことが大事です。全研本社のサイトに掲載してもらったことは、当社のホームページのアクセス数や製品への問い合わせが急増したことにも強く関係しています。
(編集協力 P&Rコンサルティング)