自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や消費者の買い控えなどが背景にある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やBtoB企業も出始めている。この連載では、ITを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。聞き手は全研本社 本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。

第2回は、小中高校向けの校務システムの開発を手掛けるウェルダンシステム(東京・中野)の柏野慎也社長。同社は、自社システムの導入事例をまとめた冊子とインターネットを効果的に使い、認知度向上や顧客獲得につなげている。

ウェルダンシステム 代表取締役 柏野 慎也
1976年生まれ。駒澤大学経営学部卒業。大学在学中より20代の多くをバンド活動に費やす。その後、バンド活動の終了ととに東南アジアへ一人旅に出る。帰国後、2003年にSEの友人に誘われ会社の立ち上げに参加、その後代表に就任。開発した校務システム「スクールマスターZeus」を核として事業を成長させる。現在までに校務システムを提供した私立校は全国130校以上。学校現場の業務を大きく軽減している。提携しているApple Japanよりその業績を評価され、3年連続で表彰を受ける。

「校務システム」というBtoBのニッチな分野だが、柏野社長は「BtoC企業よりも、ブランディングは我々の方がむしろ楽だ」と言い切る。

ポイント

①ブランディングは他社との差別化そのもの。スタッフに元教師が多いことを打ち出し、差別化
②BtoB企業のブランディングはB to C企業よりもむしろ楽。やれば差をつけられる
③自社システムの導入事例を冊子にしてネットを活用して拡散。ブランディングにいかす
④ウェブマーケティングで確度の高い顧客獲得に成功


本村:御社は主に小中高校向けの校務システムの開発を手掛けていますが、業務内容を詳しく教えてください。
柏野:当社は学校の先生の仕事を効率化するためのシステム「スクールマスター」を開発、販売しています。お客様の中心は、私立の小学校、中学校、高等学校です。千葉県の渋谷教育学園幕張中学校・高等学校など進学校、有名校も当社のシステムを導入しています。

  • 「スクールマスターZeus」

学校の先生の仕事は多岐にわたります。定期テストや実力テストなどの試験結果、通知表、調査書、内申書など多くの書類を一つ一つ、個人の生徒ごとに別の書類にまとめると、業務が煩雑かつ膨大になる上に間違いやすく、多大な労力がかかります。書類の作り方には文部科学省が決めた細かい決まりがあり、それに合わせなければなりません。学生の日々の活動や成績を一定期間、保存しておく必要もあります。

従来は、先生たちがこうした情報を一つ一つ、紙に書いたり、エクセルで簡易なプログラムを組んだりして一生懸命、書類を作っていました。事務作業のせいで、先生たちが本来やりたい教育や生徒の指導の時間を十分に取れなくなっていました。一部の先生は、こうした作業をするために春休みを返上したり、徹夜をしたりしていたくらいです。

当社のシステムを使ってもらえば、1人の生徒の情報が集約され、同じデータを何度も書いたり、入力したりする必要はなくなります。保存も容易になり、先生たちの事務作業を大幅に短縮できるようになります。

  • 校務システムを操作する女性

技術者の半数は元教師、教育現場の経験いかす


本村:校務システムは他社も参入し、競争が激しくなっています。御社にはどんな強みがあり、それを他社とどう差別化、ブランディングしているのですか。

柏野:私は企業のブランディングは他社との差別化そのものだと考えています。大きな資本を持つ企業と競争するためには、自社のシステムの中身とともに、ブランディングは最も重要だと考えています。ブランディングでは、誰のためのシステムなのかを明確に打ち出し、伝えていくことを重視しています。


本村:御社の場合、教育現場の生の声をシステム開発やブランディングにいかしているのが、他社にはなかなか真似できない特徴のように見えます。

柏野:当社にはシステムの技術者が9名おりますが、このうち、およそ半数の4名は元教師です。システムエンジニアはIT(情報技術)の知識も大事ですが、必要な能力はそれだけではありません。当社には、教師を辞めたが、教育に情熱を持ち続けているスタッフがたくさんおり、開発者として活躍しています。彼らは、学校の先生たちの意見を詳しく聞き、自らの経験を踏まえて「こうすれば業務を効率化できます」と提案します。 競合他社の一般的なエンジニアでは技術が優れていても、教育現場のことがわからず、先生たちにとって使いづらいシステムを作ってしまうことがよくあります。先日、当社のシステムに変更したある学校は「教師の業務が半減しました」と私どもに感謝してくれました。


本村:こうした特徴をどのようにブランディングに活かしているのでしょうか。

柏野:例えば、当社のホームページやフェイスブックで、「教師の現場目線でのシステム作り」という部分を打ち出すようにしています。ホームページの会社紹介でも「当社のエンジニアは元教員が多いので、先生の困りごとを現場目線で理解しています」といった文言を入れています。このほか、当社のシステムやサービスを紹介するセミナーや学校に送るダイレクトメール(DM)などでも同様のことを強調しました。これらは、営業面だけでなく、優秀な人材の採用にもつながっています。

情報拡散力とアーカイブ性が高いインターネット活用


本村:ホームページやフェイスブックの活用の話もありましたが、インターネットが、企業のブランディングに果たす役割についてどう考えていますか。

柏野:インターネットは情報の拡散をしやすいことと、アーカイブ(保存・保管)性が高いことが特徴だと私は考えています。一度掲載したメッセージが、絶えず何度も誰かに届けることができるという意味で、とても有効な手段です。例えば、2年前の記事をネットで検索しても読むことができるわけです。例えば教育関係の業界紙でインタビューを受けたり、広告を出したりすると、その記事を転載してウェブにも掲載してもらえます。こうしたネットの記事やプレスリリースがシステムの問い合わせにつながることも一定数はあります。


本村:BtoB(企業対企業)企業のブランディングは、個々の消費者向けのBtoC(企業対個人)企業より難しいと思いますか。難しいとすれば、具体的にどんな点が難しいのでしょうか。

柏野:私はBtoB企業の方がむしろ楽だと考えています。BtoCのブランディングは外部から見ていて本当にレベルが高いと感じます。BtoBはどうしても職人気質で、「技術優位」になりがちです。マーケティングやブランディングができていない企業が多い。こうした意味では、我々は頑張れば、他社と大きな差をつけられると感じています。

システム導入の成功事例は需要多く


本村:御社が実施したブランディングの中で、成功例を教えてください。

柏野:最も成功しているのが、成功事例集の作成とその活用です。当社は全国に約1300ある私立校に郵便でDMを送っています。そのDMに、インターネットのサイトにつながるQRコードを掲載し、最初に表示されるランディングページ(LP)などで当社のシステムを導入した有名校などの事例の一部を見られるようにしました。

申し込めば、当社のシステムを導入した学校の成功事例をまとめた冊子を無料で入手できるようにもしました。冊子には、進学校やスポーツの名門校、知名度の高い学校などの導入事例がたくさん掲載されています。

  • 成功事例集


本村:成功事例の冊子を読むと、「各校のニーズをピンポイントで具体的に引き出しているな」と感じます。抽象的な表現で「当社のシステムは優秀だ」と言われるよりも、具体的な成功例が多く掲載されている方がずっと説得力がありますね。

柏野:その通りです。冊子には、システムを導入した学校ごとに具体的なストーリーが掲載されています。「年度更新の負担が大幅に減り、その分の時間を本来の教育に向けることができるようになった」「外部模試の結果を自由に取り込め、より的確に成績管理ができるようになった」といった喜びの声も載っています。こうした冊子を「参考に欲しい」と言って、多くの学校から申し込みがあるわけです。

そこで当社は、資料請求をした学校や先生を対象に、「この学校がなぜ成功したか」という内容のセミナーを開くわけです。この成功事例が欲しいという方々は、当社のシステムやサービスに興味がありますから、導入してくれる可能性が高くなります。こうしたブランディングや営業を重ねることで、現在では1割に当たる130の私立高が当社のシステムを導入してくれています。

ウェブマーケティングにも注力


本村:一方、ブランディングの失敗例はいかがでしょうか。

柏野:あえて言えば、Web動画でのセールスを行うビデオセールスレター(VSL)です。私の声に合わせて、商品などのスライドが流れるようなVSLを作成してホームページに掲載しましたが、残念ながら反応はあまりありませんでした。


本村:御社はインターネットを利用して「売れる仕組み」を作る「ウェブマーケティング」も手掛けています。

柏野:ウェブマーケティングを通じて、確度の高い潜在顧客を獲得することに成功しています。当社の場合は全研本社と連携し、「実績アリで使いやすい校務支援・教務システム」など2つの専門メディアに掲載してもらっています。

この結果、当社と他社がどう違うのかがわかり、その学校に合ったシステムやサービスが選べるようになりました。また、学校や先生が当社の特徴を知っている状態で問い合わせをしてもらえるようになりました。校務システムに特化したメディアは、これまでほとんどなく、当社にとっても大きなプラスになっています。


本村:マーケティングに加えて、そこで得られた情報をエビデンス(証拠)として確認できる成功事例集があるところが御社の強みのような気がします。柏野社長の話も明確かつ具体的でわかりやすいように感じました。これもブランディングの1つなのかもしれません。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

本村 丹努琉(もとむら・たつる)

全研本社株式会社 eマーケティング事業本部 バリューイノベーション事業部長 バリューイノベーション事業部

通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、13年間で約7000社のインサイドセールスを構築した。