エトリヴァン 社長 佐々木仁氏

パスタ、ピザ、カルパッチョ、ジェラート、カプチーノ……、イタリア料理はすっかり日本人の舌に馴染みの味となった。イタリア料理専門店の増加に伴い、イタリアワインの輸入量はフランスワインに次いで第2位にまで増加している。ワインに詳しい方なら、イタリアワインの有名ブランド「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の名を聞いたことがあるかもしれない。こうした高級ワインをはじめ、イタリアワインがここまで日本に普及したのは、1985年にイタリアワイン専門の輸入会社「エトリヴァン」を設立した佐々木仁氏の功績に負うところが大きい。

横浜市鶴見区に事務所兼倉庫を構えるエトリヴァンは、佐々木社長と娘の杏奈氏、杏奈氏とカナダ留学中に知り合って結婚したイタリア人のマセッリス ドナテッロ氏、さらにスタッフ3人で切り盛りしている。倉庫にはトスカーナ地方を中心に、イタリア全土の84ワイナリーから輸入したワインを常時6~7万本ストックし、ほぼ毎月8,000~9,000本を輸入している。販売先はイタリア料理専門店への直販が中心で、創業当時は佐々木社長自身がシェフやソムリエから注文を取り、自分で車を運転して客先まで配達していたという。しかしイタリアワインをめぐるビジネス環境は大きく変わってきた。

常時6~7万本のボトルを保管している倉庫。イタリアのワイナリーからこの倉庫までの輸送では「ドア TO ドア」で15度の定温管理を行っている

イタリアワイン輸入業界は競争社会

「以前、イタリアワインの輸入業者は数社だったので、顧客から電話で注文を受けるだけでよかったのですが、需要が伸びたことで輸入業者も増え、現在は150社以上もの同業社が受注競争を繰り広げています」と語るのは、カナダでマーケティングを学んだドナテッロ氏だ。

マセッリス ドナテッロ氏

「ただ電話を待っているだけでは注文を取れなくなり、外へ出て営業をする必要に迫られました」(ドナテッロ氏)

そこで課題となったのは、外出先での在庫確認だ。シェフやソムリエから、特定の銘柄、特定のヴィンテージ(年代)について問われたとき、自社倉庫に在庫があるか確認してからでないと回答できないが、倉庫にある400もの銘柄とそれぞれのヴィンテージについて、日々変動する在庫数を記憶しておくのは不可能だ。

「急いで在庫数や価格などを調べ、その場で注文を取ってしまう必要があります。なぜなら『後で調べて連絡します』といって私が帰った後に、別の業者が営業に来るかもしれないからです。受注できるかどうかはスピードが勝負。外出先から在庫を確認する手段がどうしても必要でした」(ドナテッロ氏)

iPadとFileMakerでビジネス支援アプリを開発

同社ではデスクトップパソコンから利用する見積・請求・在庫管理のシステムを運用していたが、拡張性に乏しく、日本語しか使えなかった。日本語に不慣れなドナテッロ氏も使えるよう、多言語に対応した新しいシステムへの移行を決断したのは2012年の2月だった。テクノロジーに詳しいドナテッロ氏は、当初からiPadとFileMakerを使ったシステムを志向していたという。

「FileMakerによるソリューションを選んだ理由の1つは、プログラマーでなくてもある程度のカスタマイズができる柔軟な開発環境が用意されていたことです。汎用的な業務パッケージシステムを導入したらカスタマイズが大変になりますが、FileMakerならいろいろなアイディアを簡単に追加していけると考えました」(ドナテッロ氏)

開発に当たったのは、FileMakerの開発実績があるマジェスティック。同社の船越宏二氏は、ドナテッロ氏との開発プロセスを次のように語る。

「エトリヴァン様からのリクエストは、既存の見積・請求・在庫管理システムをFileMakerに移植してiPadから参照できるようにするという内容でした。当社が基本機能を組み上げたところ、例えば、ビンテージごとの分類ではなく銘柄で分けてほしいといった要望があり、ドナテッロ様も開発に参加されてカスタマイズを施していきました。その後もユーザー視点でのさまざまな機能を実装していき、エトリヴァン様ならではのツールに作り上げていきました」(船越氏)

FileMakerの特徴は、使いやすさと拡張性、変更のしやすさだと船越氏は指摘する。通常のデータベースをiPadやiPhoneから利用する場合、プログラミング言語を駆使して専用のインタフェースを開発しなくてはならないが、FileMakerなら無料で使えるiOS用プラットフォーム「FileMaker Go」をフロントエンドのアプリとして、「FileMaker Pro」で構築したデータベースへ簡単にアクセスできる。

さらに、多言語対応機能を生かして、日本語と英語、さらに仕入れ先はイタリアの会社なのでイタリア語も使える3カ国語が混在するユニークなシステムができあった。

iPadから開いた在庫管理画面(左)と仕入れ先のワイナリー管理画面(右)

販売機会を逃さない営業ツール

「先日、夜11時ごろに妻がFacebookを眺めていたところ、当社のお客様が特定の銘柄のワインを求めていると書き込んでいるのを見つけました。すぐに多くのワイン輸入業者から『注文を受けたい』という内容のコメントが書き込まれましたが、受注できたのは当社でした」(ドナテッロ氏)

それは、銘柄・ヴィンテージ・価格を指定して100本欲しいという大量のリクエストだった。それだけの本数が確実に在庫しているか調べなければ注文は受けられない。

「自宅からiPadでシステムに接続して、在庫があるのを確認すると、すぐにお客様に連絡して『当社ではそのワインをこの価格で提供できます』と連絡しました。このように、素早い動きが受注につながる、それが現在のマーケット状況なのです」(ドナテッロ氏)

カスタマイズを重ねて業務全般をカバーする

FileMakerを導入したシステムは当初、数種類の機能で運用を開始したが、次々と機能追加を重ねた結果、現在では顧客管理、販売管理、購入管理、棚卸など、ワイン輸入に必要な業務をほぼカバーする30もの機能に拡張されている。

FileMakerを使ったシステムのトップ画面。1つのボタンが1つの業務に結びつく分かりやすいレイアウトだ

例えば在庫管理でも、現在の在庫数だけにとどまらず、売れ筋商品を見つけるための機能や、過去の売れ行き状況から将来の売れ行きを予測して、何カ月後には売り切れるという予測を色分けで表示して、発注すべき商品を一目で分かるようにするなどだ。

佐々木 杏奈氏

「イタリアのワイナリーに発注してから、実際に横浜の倉庫に荷物が到着するまで、3カ月かかります。常に3カ月先の需要を見越して発注しているのですが、以前は全商品のリストをExcelに手入力して日付管理をしていました。それを目で確認して、在庫が何本だからそろそろ発注しなければ、といったアナログな対応をしていたのです。今はボタンを押して数秒待つだけで、発注のタイミングや支払いの期限といったスケジュール管理すべき業務をiPadが漏れなく知らせてくれるので、同じ銘柄をうっかり2度発注したり、発注を忘れて欠品するようなミスはなくなりました」(佐々木杏奈氏)

棚卸のコストを1/10に圧縮

iPadの持ち運びやすい特徴は、社外へ持ち出して受注活動をするほかに、棚卸業務の効率化にも大きな貢献を果たしている。

「3カ月ごとに実施する棚卸は大きな問題でした。以前は倉庫に行き、品目ごとに在庫を数えて数量を紙に手書きし、終わったらオフィスに戻ってパソコンにデータを打ち込む作業に、延べ15~20時間かかっていました。それが現在では、iPadを持って倉庫に行き、ロット番号やワインの本数をiPadに入力するだけ。2時間程度で終わります」(ドナテッロ氏)

iPadを使った棚卸では、作業時間が約1/10に短縮された

通関手続きや支払いに必要なインボイス(送り状)のペーパーレス化も実装している。インボイスは数年間の保管義務があるが、紙の書類を大量に管理していくのは大変だ。また紙の資料は後で捜し出すのも不便になる。そこでイタリアからFAXなどで届けられたインボイスをスキャンして、画像としてシステムに取り込むようにした。

「コンテナが横浜港に接岸して関税手続きをしている際に、業務委託している会社からある商品のインボイスをFAXで送ってほしいと依頼されることがあります。以前なら、外出中には対応できず、会社に電話をしてスタッフに探してもらったり、自分で会社に戻ってから探して送ったりしていました。いまは、どこにいてもiPadから必要なインボイスを検索して、その場からメールで送信できるようになりました」(ドナテッロ氏)

システムに取り込まれたインボイスのスキャン画像は、iPadからメール送信可能だ

「6人という限られた人員で回している会社ですので、それぞれが専門の仕事を受け持っていて、なかなか他の業務にまで手が回りません。いろいろな場面で業務の負担を減らしてくれるこのツールはとても助かります」(佐々木杏奈氏)

イタリアのワイン文化を日本に紹介するエバンジェリスト

「お客様にプレゼンテーションするときには、iPadで写真を見せると効果的です。似たようなラベルがたくさんあるので、写真でラベルを見せるとすぐに分かり、間違いがなくなります」と語る佐々木社長は、雑誌やWebに寄稿する文章を書くときにも、よくiPadを利用しているという。

イタリアのワイン生産を勉強するため1年間フィレンツェに移住したこともある佐々木氏は、創業当時から「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の輸入を手掛け、1999年には同ワインの販売に貢献した労により同生産者組合から第6回レッチョドーロ賞を贈られた。 また、イタリアで1997年に大きな地震被害があったときに生産者が復興ワインを販売して復興資金を集めたことにならい、東日本大震災の復興支援のため、イタリアのワイナリーに依頼した独自ブランドの復興ワインを販売し、売上金の一部を寄付する活動を行っている。

創業当初に輸入した1982年の「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」(右端)

ボトルの背面に「雨ニモマケズ」のエッチングを施した復興支援ワイン

 
イタリアのワイン文化を精力的に日本へ紹介する佐々木社長と、それをITテクノロジーで支えるイタリア生まれのドナテッロ氏。長年培ってきた仕入れルートとワインを選ぶ独自の視点を持つエトリヴァンは、ビジネス本位の大手食品輸入業者とは一線を画す貴重な存在といえよう。

エトリヴァン創業者の佐々木仁社長(中央)と、娘の杏奈氏(右)、娘婿のドナテッロ氏