三菱重工は2017年11月10日、愛知県にある同社飛島工場において、製造中のH-IIAロケット37号機のコア機体を報道関係者に公開した。
今回の打ち上げでは、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入する初のミッションに挑むとともに、ロケットが自律的に飛行できるシステムを初めて本格的に採用する。
この2つの挑戦は、「高度化」と呼ばれる、H-IIAをより使いやすいロケットにするために行われてきた改良計画の成果あり、そして「H3」ロケットなど、日本の将来のロケットに役立つ、大きな可能性をも秘めている。
第1回では、H-IIAロケット37号機の概要と、これまでに行われてきた「高度化」と呼ばれる改良について紹介した。第2回では、この高度化の成果を活用して行われ、そして今回の37号機で初めてH-IIAロケットに適用される、2機の衛星を異なる軌道に投入するための「衛星相乗り機会拡大開発」について紹介したい。
H-IIAロケットが抱えていたジレンマ
第1回でも触れたように、H-IIAロケットはかねてより、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に打ち上げる能力が求められていた。
H-IIAロケットは大型ロケットなので、小型・中型の衛星を複数載せて打ち上げること自体は難しくはない。これを相乗り打ち上げといい、そのためのアダプターやフェアリングも用意されている。たとえば、2012年の21号機では、JAXAの地球観測衛星「しずく」と韓国の地球観測衛星「アリラン3号」を同時に打ち上げており、その前後でも情報収集衛星など、何度か複数衛星の同時打ち上げをこなしている。
しかし、これは搭載する各衛星の目標軌道など、さまざまな条件がちょうど一致した(あるいは一致するように変えられた)ために実現したものである。基本的に、衛星が運用される軌道は千差万別であり、同時に搭載した2機の衛星が目指す軌道がまったく同じになることは少ない。
では1機ずつ打ち上げればいいではないか、といえばそのとおりで、現にH-IIAロケットは、衛星を1機のみ搭載することが基本で、もし打ち上げ能力に余裕があり、さらにそこへ運良く軌道の条件が合致する衛星があり、載せてほしいという要望があれば相乗り打ち上げをする、という形式をとっている。前述の「アリラン3号」などは、まさにこうした条件が成立したからこそ実現したものだった。
しかし、H-IIAロケットはそもそも大型の静止衛星を打ち上げることに特化したロケットであり、小型・中型の衛星を1機だけ、それも太陽同期軌道などの地球低軌道に打ち上げるのは能力過多、文字通りの意味で"役不足"でもある。またロケット会社である三菱重工にとっては、1機ずつ打ち上げるのでは無駄が多く、しかし相乗り打ち上げをしたくても、"あちらを立てればこちらが立たず"という状況で、打ち上げ機会が限られてしまい、受注が得にくいということでもあった。
そんなもどかしい状況を解決するため、H-IIAロケットに、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に打ち上げることができる能力が付加されることになったのである。
2機の衛星を異なる軌道へ投入せよ
では、具体的にどのようにして、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道へ打ち上げるのか。それには今回のH-IIAロケット37号機の打ち上げプロファイルを見るのがいちばん手っ取り早い。
今回打ち上げる衛星のうち、「しきさい」は高度約800kmの太陽同期軌道で、そして「つばめ」はそれよりも低い、遠地点高度643km、近地点高度450kmの軌道で分離する必要がある。
今回の飛行では、まずロケットを普通に打ち上げて、「しきさい」を所定の軌道で分離する。他のミッションではここで打ち上げは完了となるが、今回はそこから、ロケットの第2段機体が約2600秒間にわたる慣性飛行(コーストという)を行う。そしてその後、第2段エンジンにふたたび点火し、通常の60%の推力で噴射して、軌道の高度を下げる。
そしてさらに約2900秒間にわたるコーストを経て、みたびエンジンに点火。この時エンジンは、アイドル燃焼モードという、小さな推力だけ発生させることができる方法で噴射する。
通常、H-IIAの第2段エンジンは、ターボ・ポンプという強力なポンプを使ってタンクからエンジンへ推進剤を送り込み、燃焼させ、そのガスを噴射する。一方のアイドル燃焼モードは、タンクを加圧しているガスの圧力だけで推進剤をエンジンに送り込み、チョロチョロとだけ燃やして、ほんのわずかの推力を生み出すというもの。エンジンを勢いよく噴射すると、短い時間で軌道を大きく変えることはできるものの、その反面、狙った軌道に正確に入れることが難しい。しかしアイドル燃焼モードを使えば、ゆっくりじっくり軌道を変えることができるので、正確な軌道投入が可能になる。
こうして第2段は「つばめ」の要求する軌道に入り、分離。ミッション完了となる。
通常、H-IIAの飛行は約30分ほどで終わるが、今回は打ち上げから「つばめ」の分離までは1時間48分4秒、さらにその大部分は宇宙を飛行し、そして通算3回も第2段エンジンを噴射、その上で衛星が目指す軌道に正確に投入しなければならないという、長く険しい旅になる。
この飛行を実現するために行われたのが、「衛星相乗り機会拡大開発」である。
衛星相乗り機会拡大開発
衛星相乗り機会拡大開発とは、文字どおり衛星の相乗り打ち上げの機会を増やすことを目的にJAXAが実施した、H-IIAロケットの余剰能力を活用し、複数の衛星を異なる軌道へ投入する機能をもたせる改良のことである。
そのために、前述した「長く険しい旅」をこなすための能力、すなわち長い時間のコーストをこなし、第2段エンジンを複数回着火し、さらに目的の軌道に高い精度で投入することを実現する能力が、H-IIAに付加されることになった。
まず長時間のコーストについては、第1回で触れた「基幹ロケット高度化」開発の中の、「静止衛星打ち上げ能力向上」で獲得し、2015年の29号機などで実際に飛行に用いられた技術が活かされている。たとえば液体水素の蒸発を抑えるために第2段機体が白く塗装されているところや、蒸発する液体水素を利用したガスジェット装置などはそのまま踏襲されている。もっとも、静止衛星の打ち上げとは飛行の形態やロケットがさらされる環境などが異なるため、実際に活用することができるのか、問題はないのか、といったことについては改めて評価が行われている。
第2段エンジンを複数回着火する技術についても、高度化開発の中でつちかわれ、過去に29号機の打ち上げなどで実際に宇宙で使われた実績もある。最後に「つばめ」を軌道投入する際に使うアイドル燃焼モードも、H-IIBロケットの第2段機体を太平洋上の狙った場所に落下させる、制御落下と呼ばれる運用で何度も使われている。
唯一、まったくの新規開発要素となったのは、アイドル燃焼を行う際のロケットの制御方法である。
従来、H-IIAロケットの第2段エンジンの燃焼(今回の第1回燃焼も)では、エンジンを燃焼させながら推力の方向を変えて、目標の軌道に乗り移るという制御を行っていた。この方法は、エンジンを噴射しながら、軌道のずれを随時修正できるという利点があるものの、そのための計算にある程度の時間が必要になる。通常の第2段の燃焼時間なら問題はないものの、今回の第2回、第3回燃焼のようにエンジンの燃焼時間が短い場合には、その時間が十分にないため、コンピューターの計算が追いつかず、軌道投入精度が落ちてしまう可能性があった。
そこで、第2段のソフトウェアに手を加え、新しい制御方向が取り入れられることになった。この方法では、まずエンジンを燃焼させる前に、目標の軌道に乗り移るのに必要な増速量や姿勢をあらかじめ計算し、機体をその姿勢に変更。そしてエンジンに点火し、推力の方向を変えずに同じ姿勢のまま噴射を続け、最初に計算した増速量に達した時点でエンジンを切る、という飛び方をする。これにより燃焼時間が短い場合でも、目標の軌道に正確に入ることができる。
(次回に続く)
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info