イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXは2018年5月12日(日本時間)、主力ロケット「ファルコン9」を大きく改良した最新鋭ロケット「ファルコン9 ブロック5」の、初めての打ち上げに成功した。

連載第1回ではブロック5の目的について、第2回ではその目的を達成するために施された、さまざまな改良について紹介した。

第3回では、ブロック5にのしかかる2つの大きな課題と、ブロック5の今後の展望について取り上げる。

  • 帰ってきたファルコン9 ブロック5の第1段機体

    打ち上げと着陸をこなし、フロリダ州の港に帰ってきた、ファルコン9 ブロック5の第1段機体 (C) SpaceX

ブロック5にのしかかる課題

鮮烈なデビューをかざったブロック5だが、本当に運用が成功するかどうかはまだ未知数である。

ブロック5の目的のひとつである、再使用を当たり前のように行ったり、同じ機体を100回も打ち上げたり、打ち上げの間隔を24時間に短縮したりといったことは空前のことであり、スペースXにとっては、まさにこれからが本番となる。

もちろん、それなりの裏付けや根拠、自信があることは間違いない。ただ、スペースXやマスク氏は、言っていることと実際にやっていることに違いがあることが多く、ブロック5の運用についても慎重に見る必要があろう。

また、ロケットの機体を再使用することで、信頼性が下がるのではという声は根強い。自動車や電車、飛行機などに比べ、ロケットはつねに過酷な環境にさらされるため、機体にかかる負担が大きく、繰り返し再使用することで機体が壊れやすくなるのでは、という理由である。

すでに再使用打ち上げが成功していることでそうした声は小さくなりつつあるが、ブロック5では100回も再使用するとなれば、また話は変わってくるだろう。

もっとも、マスク氏はそうした声はいずれ消えるだろうと語る。

マスク氏は記者たちに「あなたは一度も試験飛行すらしたことない飛行機に乗りたいと思いますか? それとも、これまでなんども飛んだ実績のある飛行機に乗りたいと思いますか?」と語りかけ、「時間が経つにつれ、人々は飛行済みの、"実績のあるロケット"を使いたがるようになるでしょう」と説いた。

つまり、再使用ロケットが信頼性に欠けるというのは単なる先入観にすぎず、そしてブロック5はこれから、高い信頼性をもって再使用打ち上げを繰り返し行い、その先入観を塗り替えるぞ、という自信である。

  • ファルコン9 ブロック5の打ち上げ

    ファルコン9 ブロック5の打ち上げ (C) SpaceX

革新と安全のはざまで

そして、スペースXとブロック5にとって最大の難関となりうるのが、「ドラゴン2」を載せた有人飛行である。

ブロック5では、機体の強度が上がり、NASAから指摘された欠陥も解決されている。しかし、そうした技術的な問題以外にも、NASAの定める安全基準をめぐる問題もあり、なにより人の命がかかっているため、スペースX持ち前の"イケイケドンドン"なスピード感が通用しない領域である。

NASAは、ブロック5で有人打ち上げを行うための条件として、まずブロック5で仕様を固め、これ以上の大きな改良をしないこと、そしてブロック5を少なくとも7回打ち上げることなどを定めている。もし、この過程でなんらかの不具合が出たり、あるいは打ち上げに失敗したりすれば、ブロック5による有人打ち上げは遠のくことになろう。

  • ドラゴン2宇宙船の想像図

    ドラゴン2宇宙船の想像図 (C) SpaceX

そして、とくに現在、NASAなどから問題視されているのが、ロケットへの推進剤(ケロシンと液体酸素)充填のタイミングである。

いうまでもなく、推進剤の入ったロケットはきわめて危険な存在になる。そのため他のロケットでは、まず先に推進剤を充填し、安全性や健全性を確認してから、宇宙飛行士が乗り込むことになっている。

だが、スペースXは逆に、ファルコン9ではまず、先に宇宙飛行士が乗り込んだあとに推進剤の充填を行い、そしてすぐに打ち上げる、「ロード&ゴー」(load-and-go)という方法を採用しようとしている。

ファルコン9は、機体により多くの推進剤を積んで打ち上げ能力を上げるため、通常より冷やして密度を上げた"超冷却推進剤"を使っている。そして、ロケットへの充填後に蒸発する推進剤の量を減らすため、打ち上げの直前に一気に流し込むというやり方を採っている。すでに無人の衛星の打ち上げでは標準的に行われているが、これを宇宙飛行士の乗った有人打ち上げでも踏襲しようというのである。

しかし、ロケットに超冷却された推進剤を一気に充填すると、機体が急激に冷やされるため、トラブルが起きたり、あるいは機体が壊れたりといった可能性が上がる。じつは第2回で触れた2016年の爆発事故は、この超冷却推進剤を急速に流し込んだことも原因のひとつだった。

もちろん、前述のようにCOPVは根本的に改良されたこともあり、また宇宙船に脱出装置があることから、スペースXは安全だと主張している。しかし、もしまた爆発事故が起きた場合、宇宙飛行士が乗り込む前ならロケットを失うだけで済むが、すでに乗り込んでいれば、その生命にかかわる事態になるかもしれない。そのためNASAは安全性と、なにより前例がないこともあって、懸念を表明している。

重要なのは、スペースXが宇宙飛行士を打ち上げる計画は、スペースXだけでなくNASAの計画でもあり、そしてNASAの定める安全基準を満たさなければ打ち上げができないということである。

つまりスペースXは、NASAを納得させるか、あるいは有人打ち上げに限っては手順を変えなければならない。前者の場合は、前例のない打ち上げ方法ながら安全であることを証明する努力が必要になり、計画が遅れるかもしれない。後者の場合は、手順変更による打ち上げ能力の低下やコスト増などを、どう補うかという問題がある。

  • 宇宙飛行士を乗せて打ち上げを待つファルコン9の想像図

    宇宙飛行士を乗せて打ち上げを待つファルコン9の想像図 (C) SpaceX

ファルコン9の完全再使用化とBFR

もっとも、当のスペースXとマスク氏は楽観的で、早くもブロック5の先を見据えている。

ブロック5の打ち上げ前、マスク氏は、「従来のファルコン9の第1段を再使用した場合のコストは5000万ドル」と発言。そしてブロック5では、いまよりさらに簡単かつ迅速に再使用できるようになり、その回数も無改修で10回、定期的なメンテナンスによって100回以上と桁違いに増やすことができ、さらなるコストダウンが見込めることを示した。

さらにマスク氏は、将来的に、ファルコン9の打ち上げコストをその約10分の1となる、「600~500万ドルにまで引き下げられる」とも語った。

以前取り上げたように、スペースXは第1段だけでなく、第2段フェアリングの再使用にも挑戦している。実現すればロケット全体を再使用することができる。今回の打ち上げ前、マスク氏はあらためて第2段やフェアリングの再使用に言及。技術的には十分可能だという認識を示した。

また、ファルコン9の打ち上げにかかるコストのうち、第1段はその60%を、第2段は20%、フェアリングは10%、その他推進剤などが10%を占めていると説明し、機体すべてを再使用できれば、打ち上げコストは推進剤などの10%と、再使用にかかるちょっとしたコストのみに、つまり600~500万ドルにできるのだという。

  • フェアリング回収実験の様子

    フェアリング回収実験の様子 (C) SpaceX/Elon Musk

はたしてそんなことが可能なのか。実現するかは未知数だが、マスク氏とスペースXにとっては、なんとしても実現させなければならない。なぜなら、すでにブロック5の次となる、新型ロケット「BFR」の開発が控えているからである。

第1回で触れたように、マスク氏はブロック5を30~50機のみ製造し、再使用で300回以上の打ち上げを行うとしている。つまりその後は、ブロック5は引退し、このBFRへと主力ロケットのバトンが渡ることになる。

BFRはファルコン9よりも巨大で、なおかつ打ち上げコストは数百万ドル。地球上を飛ぶ航空機としても、人類の火星移民のための宇宙船としても使える、究極のロケットである。

その実現をカギを握るのは、ブロック5と同じくロケットの完全再使用であり、つまりブロック5で完全再使用ができなければ、BFRの完成も難しいということを意味する。

再使用による低いコストと、人を乗せられるほどの高い信頼性を両立させた、世界で最も進んだロケットとして誕生したブロック5ですら、スペースXとマスク氏にとっては、BFRの開発や運用に向けた習作、踏み台にすぎないのである。

  • BFRの想像図

    BFRの想像図 (C) SpaceX

参考

Bangabandhu Satellite-1 Mission | SpaceX
Bangabandhu Satellite-1 Mission
Full Elon Musk transcript about SpaceX Falcon 9 Block 5
SpaceX debuts new model of the Falcon 9 rocket designed for astronauts - Spaceflight Now
Elon Musk’s SpaceX is using a powerful rocket technology. NASA advisers say it could put lives at risk. - The Washington Post

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info