1月中旬、フランス・カンヌで恒例の音楽イベント「MIDEM 2011」が開催された。45回目という古いイベントだが、当然のように、ここ数年はデジタルやITの要素が加わっている。CDの売り上げが減少の一途をたどる中、今年もテーマは新しいビジネスモデルとなった。だが、今年も課題だけが残ったまま幕を閉じたようである。

会期中最大のニュースは、Sony Network Entertainment(SNE)が発表した「Sony Music Unlimited powered by Qriocity」の拡大だ。Music Unlimitedは「Vaio」「PlayStation 3」「Bravia」それにBlu-rayプレイヤーなどソニー端末向けの音楽ストリーミングサービスで、傘下のSony Music Entertainment、EMI、Universal、Warner Musicと提携、カタログに600万曲をそろえた。2010年9月に発表、年末に英国とアイルランドで開始し、今回フランス、ドイツ、イタリア、スペインの4カ国に拡大した。今後、米国とカナダに拡大する予定で、将来的には日本でも提供が予定されている。「iPhone」などソニー端末ではないスマートフォンに拡大する意向も示したという。

Music Unlimitedのような音楽ストリーミングサービスは、ネット経由で音楽をストリーミングするサービスで、クラウドサービスともいわれる。広告付きの無料/広告なしの有料を提供するスウェーデンのSpotify、それに米Pandoraなどが成功して注目を集めている。2010年夏には、英Carphone Warehouseが「Music Anywhere」をスタートした。米Appleもこの形式のサービスを提供するLala.comを2009年末に買収しており、その後が注目されている。

しかし、デジタル音楽サービス全体をみると、(新しい分野として活気づくべきなのに)離陸が非常に遅い。Appleが「iTunes Music Store」を開始して8年が経過するが、市場はゆっくりと拡大、というのが現状だ。フィンランドNokiaは今年に入り、対応端末で無制限に無料で音楽をダウンロードできる「Comes With Music」を縮小する(英国など成長市場では停止、中国など一部の途上国で継続)ことを発表、英BSkyBも2010年末に音楽サービス「Sky Songs」を閉鎖した。「eMusic」も2007年から売り上げが伸びていないといわれている。ソニーのMusic Unlimitedも、実は2004年に開始した「Connect」が失敗した後、2回目の挑戦となる。

理由はさまざまだろう。レーベルに聞けば、「The Pirate Bay」などのファイル共有サイトのせいにするだろうし、デジタル音楽サービス事業社に聞けばライセンス問題を挙げるはずだ。

Mark Mulligan氏

だが、まったなしだと危機感を募らせるのは調査会社Forrester Researchのアナリスト Mark Mulligan氏だ。今年のMIDEMでスピーチしたMulligan氏は、会場に集まった保守的なレコード会社、革新的なデジタル音楽事業社らを前に、「需要と供給の両方からみて、(デジタル音楽は)離陸の時期を逃しつつある」「立ち上がっては消えていく、(失敗続きで)袋小路にある」と警告した。Mullingan氏が問題のひとつに挙げたのが、ライセンス構造だ。

何も新しい問題ではない。前から指摘されていることだ。英国の権利団体Open Rights Groupに取材したとき、執行ディレクターのJim Killock氏は、「ユーザーは合法的な使いやすいサービスがあればそれを利用したがっているが、課題はレコード会社がデジタル音楽サービスにライセンスする形式がデジタル時代に即していない」と指摘した。2009年のことだ。

具体的には、ライセンス料金が売り上げに比例したものではなく、固定されている点が問題という。たとえばSpotifyの場合、(公には明かしていないが)ライセンス料金だけで2010年に4,300万ドル支払ったといわれている。同社が有料顧客と広告からどれほど売上を上げようが、このライセンス料金が固定されているとすれば、スケールが難しく、資金に余力がなければ大きなリスクとなるだろう。

Mulligan氏はこのほかにも、サービスがエクスペリエンスにフォーカスしていない点も問題とした。「コンテンツ(楽曲)はキングではない。キングはエクスペリエンスだ。エクスペリエンスにフォーカスした製品がない」とMulligan氏。たとえば、必須と思われるソーシャル要素を要素を取り入れる場合、なんらかの「共有」は不可避だ。「音楽戦略を完全にリセットすべきだ」と言う。

CDの売り上げが減少しているのに対し、デジタル音楽はマイナス分をカバーできていない。音楽が関連したオンラインアクティビティ(デジタル音楽の購入、PtoP音楽の利用、ソーシャル音楽サイトの訪問、SNS上にあるアーティストのページ訪問)は20%以下の"ニッチ"に見たず、最大の"キラー製品"は、音楽クリップをオンラインで視聴する(主として「YouTube」)にとどまっているという。

だが、当事者には問題点を認める様子はあまりみられない。国際レコード業界団体であるIFPIが発表したデジタル音楽に関する年次報告書を見ると、レコード会社はデジタル音楽が離陸しない理由をいまだに違法音楽ダウンロードと決めつけているように見える。報告書によると、2010年のデジタル音楽市場は推定46億ドル、これは、前年からわずか6%増加したに過ぎず、いまだにレコード会社全体の売り上げの29%を占めるレベルという。IFPIは違法ファイル共有はレコード業界の雇用を脅かしていると報告、2010年にフランス、アイルランド、韓国でISPレベルでの違法なファイル共有防止措置が取られたことを高く評価している。

なお、2010年のデジタル音楽で最多セールスを記録したのはKe$haの「TikTok」で1,280万。昨年「Poker Face」でトップだったLady Gagaは2位(「Bad Romance」/970万)となった。音楽通ではないわたしはKe$haというアーティストを初めて知ったのだが、新しいアーティストは生まれているのだ。わたしのように古い音楽を聴き続ける人もいるだろう。デジタル音楽が離陸しないのは、少なくとも楽曲のせいではない。そして、楽曲はキングではない。