かなり落ち着いてきたとはいえ、テレビコマーシャルも含めて、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を聞かない、あるいは見ない日は無いくらい、日本はDXがもっとも浸透している国といえます。ただ、これは“言葉”が浸透しているという意味であって、日本の実情は、本当のデジタルによるビジネス変革という意味のDXから程遠い状況です。

当初はベンダーの宣伝文句くらいに思っていましたが、現在はIT化やデジタル化のことをDXと称して、「行政DX」「総務DX」「マーケティングDX」など、世界では考えられない造語が飛び交っています。日本人の大半はDXの意味を知らないで、本来の意味から離れて使ってしまっているようです。

宣伝やプロモーションなどを“PR”、本来叫ぶという意味である“エール”を応援する、で使うのと同じレベルの和製英語になっています。筆者は、このことこそ、日本がデジタル化で遅れている象徴だと考えます。国内の企業、行政で、突如ガラッと変わってしまうトランスフォーメションを経験していない結果なのでしょうか。とほほ。

ちなみに、国内で「○○DX」といっているのは、海外では、FinTechの様に「○○Tech」というのが一般的で、マーケティングならMarTech、保険ならInsurTechとなります。

では、世界の最先端はどうなっているかというと、DXではなく、ESGに関わる話題が圧倒的に多いです。私はマッキンゼー社、ボストンコンサルティンググループの英語のニュースレターを講読しているのですが、連日、ESGやそれに関わるサステナビリティ、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の話題が多いこと、多いこと。

ESGとは、環境(E:Environment)、社会(S:Social)、ガバナンス(G:Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉です。企業が長期的に成長するためには、経営においてこの3つの観点が必要だという考え方です。この中にはD&Iも含まれており、ESGは包括的な視点なのです。多くの企業はESGの観点でKPIを設定して、その状況を公開し始めています。また、独立した評価機関があり、機関投資家の株式投資の判断基準にもなってきています。

その理由は、ESGを促進することで、投資家、顧客、そして社員を引き付け、イノベーションが起こると期待されているからです。例えば、日本の企業でも、日立製作所の「ESG 関連方針・ガイドライン等」やソフトバンクの「ESG の取り組み」など、ESGを公開情報としている企業が増えてきます。

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最近では、これに関連したSXやGXという言葉を目にする機会も増えてきました。SXはSustainability Transformationの頭文字です。経済産業省ではサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)について、「企業の稼ぐ力の持続的向上に向けた『長期の時間軸』を前提にした経営、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの時間軸を同期化し、社会課題を企業経営に時間軸を踏まえて取り込んでいく取り組み、不確実性に備えるため企業と投資家と継続的な対話によるレジリエンスの強化」だと言っています。なお、サステナビリティは、環境の維持と企業成長の維持の2つの意味があり、環境を維持しながら企業を成長させることを指します。

もう一つのGXはGreen Transformationの略で、太陽光発電や風力発電など温室効果ガスを発生させない再生可能なクリーンエネルギーに転換し、経済社会システムや産業構造を変革させて成長につなげることです。

筆者は、具体的なSXやGXのトランスフォーメションが、今後日本企業も目指すべき方向性なのではないかと考えています。昔から日本企業が得意とする、環境や社会に貢献するイノベーションですからね。トランスフォーメションそのものや、系列を超えた多様な組織との連携をするプラットフォームが苦手な日本企業が、DXという曖昧なことでビジネスを飛躍させるのは難しいと考えるからです。もちろん、DXの流行によってデジタル化が進んでほしいとも思います。

ボストンコンサルティンググループでは、2022年の『Most Innovative Companies 2022」(最も革新的な企業)において、気候変動とサステナビリティ(C&S: Climate & Sustainability)の優先課題をイノベーションエンジンに統合して具体的な成果を上げている企業を、高く評価しています。つまりSXです。

マッキンゼーのレポート『Are You Ready for Green Growth?』を見ると、Climate Technologies(気候テクノロジー)といい始めていますね。このレポートでは、それらの企業の3分の2は、C&Sを企業の最優先事項として位置づけており、半数以上がC&Sイノベーターとして取り組んでいると回答しています。ESG、特にサステナビリティを単なる義務とするのではなく、そこにイノベーションを起こしてビジネスを実践している企業が高く評価されているのです。

日本はDXでは遅れているのですが、ここにランキングされた50社の中には、ソニー、トヨタ自動車、日立製作所、パナソニック、三菱電機が入っています。素晴らしいことです。ただ、この企業以外は海外の企業です。

日本IBMが出している『CEOスタディ2022』でも、「本調査では、サステナビリティは企業にとって重要な課題であり、CEOはサステナビリティをビジネス上の使命や、成長の推進力として認識していることが明らかになりました」「企業がサステナビリティを重視した経営方針へ転換するサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を推進するために、CEOはサステナビリティとDXを統合することに加え、未来の変化に対応する人財に投資することが求められています」などと述べられています。

そう考えると、経済産業省は東京証券取引所および情報処理推進機構(IPA)と共同で「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」を選定しているのはいいのですが、世界基準ではないような気がします。

現在、国際競争力が低下している日本は、サステナビリティの社会に向かい、物理の製品をデジタライズして、また、設備や体験をデジタルツインにしてSXを促進することで、日本における今後の成長が可能になるのではないかと筆者は考えます。

多くのメディアで最近SXが取り上げられていますが、共通するキーワードは「稼ぐ力」です。SXは、地球での最大の課題に対して、Climate Technologies のイノベーションで、ビジネスを継続的に成長して、社会に貢献しながらサステナブルに稼ぐのです。SXが、守りではなく、攻めであるのは確かです。

マッキンゼー社のレポートは「サステナビリティは、今後数十年にわたり、B ot B業界を根本的に変えていくでしょう。2050年までに世界経済が化石燃料からネットゼロに移行するためには、今後30年間で年間平均約9兆ドルの投資が必要となる可能性があります。新しいバリュープールが生まれ、古いバリュープールは減少します。ビジネスチャンスが生まれ、非持続可能なビジネスは衰退する可能性があります。サステナビルな素材や成分に対する需要は供給を上回る可能性があります。ネットゼロへの道のりは、さまざまな業界のB to B企業にとってチャンスと課題を生み出すでしょう」と述べています。

なお、サステナビリティの世界は、体に例えて、動脈と静脈があると言われます。血液を心臓から全身の各組織に送り出す血管である動脈は、生産時におけるCO2や廃棄ロスを削減することです。

静脈は、削除(Reduce)、再利用(Reuse)を促進し、回収側でリサイクル(Recycle)を活性させ、循環経済を作り上げることです。SXの対象にも、動脈と静脈をカバーする多様な分野があるということです。

では、IT部門がSXでできることは何でしょうか。それは、バックオフィスのシステムだけでなく、事業を支援する点においても、製品やサービスのデジタライズしかないと思います。DXやGXなど、Xが付く分野はITによるトランスフォーメションです。

サステナビリティに関係する物理的な製品にデジタル機能を追加したり、サステナビリティに関係する既存のサービスのデジタル機能を By Design で強化したりする支援をして、事業部のトランスフォーメションを支えるのです。そして、デジタル化して生じるデータを格納して、アナリティクスで高度な分析をできる基盤を作る上げる必要もありますね。