「ビジネスアーキテクチャ」と「テクノロジーアーキテクチャ」

シスコシステムズに勤めているときに、学んでみて「これはいいな」と思ったものの一つに、システムの考え方があります。それは特に難しい話ではなく、システムは「ビジネスアーキテクチャ」と「テクノロジーアーキテクチャ」の2層で考えなさいという話です。ビジネスアーキテクチャが、テクノロジーアーキテクチャの上に乗っかっているイメージです。

なぜ、テクノロジーの上にビジネスが乗っているのか。それは、ビジネスの課題を解決したり目的を達成したりするためにテクノロジーがあるからです。利用できるテクノロジーを見極める必要はありますが、ビジネスアーキテクチャからスタートすることが大事です。言ってしまえば、それがシステム化の目的です。

最近、とあるビジネスモデルで著名な国内企業の担当の方にインタビューをしました。その方は、最初からDX(デジタルトランスフォーメーション)を考えていたわけではなく、顧客に提供したいサービスを考えてから適切なテクノロジーを適用した結果、先進的なサービスが生まれたとのことです。

DXを導くアプローチ

国内では変なDXブームが起きています。多くのベンダーが「このテクノロジーを導入すればDXできます」などと訴求していますが、実はそれはあり得ないことです。DXとはデジタルテクノロジーを活用したビジネストランスフォーメションですから、まずはビジネスアーキテクチャとして、ビジネスモデルやビジネスのオペレーションモデル、または組織モデルをどうトランスフォーム(変容)させるかという目的があり、それを実装するためにテクノロジーアーキテクチャがあるのです。

つまり、アプローチの方向がまるで反対です。多くの企業でDXを推進する専門部門ができていますが、書籍『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(著者:ジョン・P・コッターら)では、そのようなアプローチが甘い場合はDXがうまくいかないと述べています。目的がずれるからです。同著では、そのポイントとして以下の内容が記載されています。

なぜ専門の部門だけではDXを実現できないのか なぜ大多数の多様な人たちと専門のデジタル部門が協力することでDXを実現できるのか
変革の目的が不明確なまま 変革によりどのようなチャンスが開けるかがはっきり説明される
ビジネス戦略全体とは無関係に、顧客や市場や新しいテクノロジーに反応して行う すべての活動を一体化させ、ビジネス上の目的に基づいて行う
テクノロジーとデータばかりを重んじて、人間と変革に目を向けない ツール、テクノロジー、研修だけでなく、行動や思考様式、エンゲージメントを重んじる
DXによる不安と不確実性、膨大なデータに対処しようとしない 社員の恐怖心と不安に対応し、生存チャネルを鎮静化させる
同質性の高い少人数のグループだけで新進され、チャンスが生かされず、指示の広がりを欠き抵抗に遭う 幅広い層の社員に切迫感をもたせ、変革に本腰を入れさせる
変革の実行プロセスで融通が利かず、マネジメントプロセスに依存しすぎる 幅広い層の社員の繁栄チャネルを活性化させて行動を引き出し、リーダーシップを発揮させる

少し前までは、このテクノロジーアーキテクチャはOSIの7階層の参照モデルで表現していました。物理層から始まり、データリンク層、ネットワーク層、トランスポート層、セッション層、プレゼンテーション層、そしてアプリケーション層です。懐かしいですね。ビジネス課題の解決はアプリーション層で実行し、それより下の層は基盤ということになります。

  • エンタープライズIT新潮流2-1

現在は、クラウド時代になっているので、このテクノロジーアーキテクチャも変容しています。たぶん、複数のアプローチがあるのではないかと思います。例えば、IFS CloudやWorkdayのネイティブなクラウドアプリケーションを見ると、エンタープライズアプリーションはクラウドのPaaSやストレージサービス上に共通基盤があり、その上でアプリケーションを実装し、最後にデータ活用のためのBIやアナリティクスが来る構造になっています。

共通基盤は、ワークフロー、データレイク、AIエンジンなどの共通技術が実装されています。アプリケーションで発生したトランザクションデータを保存して、データ活用を促進する構造になっています。

また最近では、コンテナ技術が注目されているので、PaaS上にコンテナエンジンがあり、その上にアプリケーションごとにコンテナが実装されるアーキテクチャなのでしょうね。

少し前に、今注目のメタバースについて説明する機会をいただきました。メタバースの基盤には3D、VR、IoT、AI、機械学習、NFT、ボット、5G、音声認識、自動通訳、シュミュレーションなどの技術が使われます。NFT(非代替性トークン)はちょっと特徴的ですが、それ以外の技術は別にメタバースに特有の技術ではなく、DXでも通常のデジタルによる業務の最適化でも実は変わらないですよね。

だから、DXを考えるのは、ますますテクノロジーアーキテクチャが起点ではないということなのです。残念ながらITに関わる方にとって、上記の技術は普通に習得しないといけない技術なのです。少なくとも専門家に指示するレベルの知識は必要です。ただ、AIの急激な進化がテクノロジーアーキテクチャにおける変化を加速しているのは確かです。明らかにAIがポイントです。

DXを加速するための10のケーパビリティ

筆者がDXを促進するビジネスアーキテクチャを考える際は、MITスローン経営大学院のレポート『10 capabilities to accelerate digital transformation』(デジタルトランスフォーメーションを加速するための10のケーパビリティ)が大変参考になりました。詳しくは原文を読んでみてください。

このレポートでは、DXを実装するためのケーパビリティを「顧客」「オペレーション」「エコシステム」「ファンデーション(基盤)」に分類して、合計10の能力(ケーパビリティ)が必要だと述べています。以下の通りです。

顧客
1.優れたマルチプロダクトのカスタマーエクスペリエンスを提供する
2.目的志向であること

オペレーション
3.モジュール化、オープン化、アジャイル化
4.両手利きへの挑戦

エコシステム
5.エコシステムをリードする、またはエコシステムに参加する
6.ダイナミックな(そしてデジタルな)パートナーシップを追求する

ファンデーション
7.データを戦略的資産として扱う
8.適切な人材の育成と維持
9.個人とチームの行動を会社の目標に結びつける
10.会社全体の迅速な学習を促進する

「3.モジュール化、オープン化、アジャイル化」と「4.両手利きへの挑戦」については、タイトルでだけは分かりづらいので少し補足します。

「3.モジュール化、オープン化、アジャイル化」は、テクノロジーのことを言っているように見えますが、これは実は企業のビジネスのモジュール化、オープン化、アジャイル化によって、さまざまなデジタルサービスを提供するための能力のことを意味しています。

また、「4. 両手利きへの挑戦」では、デジタル技術はコンスタントにイノベーションを起こすこと、および、コストを管理しそのイノベーションを加速させることの2つの方法が必要だと記されています。

要するに、ビジネスアーキテクチャの能力をつけないと、DXは実現できないのです。テクノロジーアーキテクチャのケーパビリティはもちろん大切ですが、“デジタル化が当たり前”の時代の中で、それは企業の普通の能力にしていく必要があるようです。

このレポートでは、「これらの能力の構築は、リーダーシップ、目的、指標、予算、新しいアプローチ、忍耐を必要とする継続的な努力である。その結果、企業は将来への準備を整え、競争上の優位性を獲得し、維持することができるようになるのです」とも述べられています。

競争上の優位性を獲得し維持すること、そして、社員を幸福にして社会へ貢献することが企業の目的ですから、「2.目的志向であること」というケーパビリティが最初に来るべきかと筆者は考えます。なかなか厄介な時代になりましたね。