米国の宇宙企業「ロケット・ラボ」は2018年1月21日、新開発の超小型ロケット「エレクトロン」の打ち上げに初めて成功した。このエレクトロンとはどんなロケットなのか。なぜこうした超小型ロケットが求められているのか、そしてどのような可能性があるのだろうか。
連載の第1回では、エレクトロンがどのようなロケットなのかについて、第2回では、なぜエレクトロンのような超小型ロケットが必要だったのか、そしてロケット・ラボはエレクトロンで、その課題にどのような答えを出したのかについて解説した。
今回は、エレクトロン以外に開発が進んでいる、世界や日本の超小型ロケットの現状と、とくに日本における課題について解説したい。
エレクトロン以外にも開発が進む超小型ロケット
ところで、エレクトロン以外にも、超小型ロケットというブルー・オーシャンを目指し、開発を続けている企業や団体は数多く存在する。個人開発も含めると、その数は約100種類ほどにもなる。
中でも、エレクトロンと並んで有力候補とみなされているのが、リチャード・ブランソン氏が率いるヴァージン・グループのひとつ、ヴァージン・オービット(Virgin Orbit)である。
同社の超小型ロケット「ローンチャーワン」(LauncherOne)は、ボーイング747を改造した飛行機に搭載し、高度3万5000フィート(約11km)まで上昇、上空から発射する。打ち上げ能力は、高度500kmの太陽同期軌道に約300kgと、エレクトロンよりやや大きい。
空中発射の利点は、雲の上から発射できるため天候に強いこと、また大掛かりな発射場が必要ないこと、さらに打ち上げる軌道に適した方角に向けて発射できること、下は海なので安全確保が容易なことなどがある。
もちろんいいことばかりではなく、発射場が必要ない代わりに、飛行機を維持する手間やコストがかかる。また、推進剤を満タンにしたロケットを飛行機に載せるのは危険性も高い。
古今東西、空中発射ロケットはいくつかあるが、いずれも大成功とまではならなかった。もっとも超小型ロケットであれば条件が変わり、欠点もやや緩和されることから、ローンチャーワンがどこまで空中発射の強みをいかし、逆に欠点を押さえ込めるかが鍵となろう。
打ち上げ価格は1000万ドル以下を目指しているという。エレクトロンの約2倍ということになるが、打ち上げ能力が大きいことを考えれば妥当なところだろう。
すでに、まだ打ち上げ前ながら、宇宙インターネットの構築を目指すワンウェブなどから打ち上げ契約を取っている。ロケットエンジンやフェアリングなどの試験も順調にこなしており、今年中にも打ち上げを始めるとしている。
米国でも、米国以外でも
米国企業でもうひとつ有力視されているのが、ヴェクター・スペース・システムズ(Vector Space Systems)である。目立った実績はまだないものの、いくつかの有名なベンチャー・キャピタルから資金調達に成功している。
同社のロケットは「ヴェクターR」と「ヴェクターH」の2種類があり、ヴェクターRは高度250km、軌道傾斜角28度の地球低軌道に66kgの打ち上げ能力をもつ。ヴェクターHはRよりやや大きなロケットで、同じ軌道に125kgの打ち上げ能力をもつ。この軌道は高度500kmの太陽同期軌道よりも投入に必要なエネルギーが小さいので、ロケットの規模はエレクトロンやローンチャーワンよりもかなり小さい。つまり、ヴェクターはこれらとはやや異なる市場、需要を狙っている。
また、第1段機体はパラシュートで着陸後、再使用ができるようになっている。第1段の再使用というとスペースXのファルコン9ロケットがおなじみだが、打ち上げの低コスト化を目指したファルコン9とは違い、ヴェクターは打ち上げ頻度の向上のみを目的としている。同社によると、これによりヴェクターRは年100回、ヴェクターHは年25回程度の打ち上げが可能だという。
ヴェクターRによる初の衛星打ち上げは、今年の7月ごろに予定されている。
米国以外に目を向けると、スペイン発のPLDスペース(PLD Space)が有力候補のひとつと目されている。現在はまだ観測ロケットの「アライオン1」(Arion 1)を開発中の段階だが、2020年ごろに「アライオン2」(Arion 2)というロケットで小型衛星の打ち上げを目指している。
詳細はまだ明らかにはなっていないものの、低軌道に150kgの打ち上げ能力をもち、ファルコン9のように第1段機体は垂直着陸して回収、再使用し、低コスト化を図るという。
打ち上げ実績などはないが、すでにスペインのハイテク・メーカーGMVや、EU、欧州宇宙機関(ESA)などから資金提供を受けている。
そして日本でも進む超小型ロケット開発と、その課題
そして日本でも、超小型ロケットの開発は進んでいる。
中でも有名なのは、北海道に拠点を置くインターステラテクノロジズであろう。同社は昨年、高度100kmまで届く性能をもった観測ロケット「MOMO」の打ち上げ実験を実施。今年、2号機で宇宙空間への到達を目指すと共に、小型衛星を打ち上げられるロケットの開発も進めている。
また昨年8月には、キヤノン電子とIHIエアロスペース、清水建設、そして日本政策投資銀行が共同で、超小型ロケットの開発、運用を行うことを目指した、新世代小型ロケット開発企画という会社を立ち上げている。
まさに百花繚乱の様相を呈する超小型ロケット開発レースだが、いったい何社が生き残れるだろうか。
小型衛星の市場はさらに拡大を続けると考えられており、とても一社二社だけでことたりるほどには留まらない。また、ロケットの打ち上げが失敗したり、事業から撤退したりといったリスクや、開発・価格競争を起こすべきであることを考えれば、複数の企業が存在し続けることが望ましい。
しかし、その中で日本が生き残れるかはわからない。そこには、日本ではまだロケット開発ベンチャーをはじめとした、宇宙ビジネスへの理解や、投資などの機会が十分でなく、ビジネスとしてまだ未成熟なことがある。
たとえば、今回成功したロケット・ラボはまだロケットの打ち上げ前から、ヴェクターやPLDスペースなどもまだ青写真やCGしかないような中で、ベンチャー・キャピタルや大手企業、政府機関などから資金や支援を得ている。それもロケット・ラボは評価額10億ドルを超えるユニコーン企業である。ヴァージン・オービットに至っては、後ろにヴァージン・グループと、それを率いるブランソン氏がいる。
いっぽう、日本の大富豪、大企業は宇宙事業にあまり関心を示しておらず、宇宙ベンチャーへの投資額も、そもそも投資する人や企業も少ない。
また、米国のロケット会社の中には、誰が見ても実現可能性が怪しいコンセプトを掲げているところも少なくないが、そうした企業でさえ、実機を造ったり、従業員を雇って経営を続けられるだけの資金が集まる。しかし日本では、そんな余裕すらない。
さらに、とくに米国は人材の豊かさ、そして流動性も高い。ヴェクターを立ち上げたジム・カントレル氏は、もともとスペースXの立ち上げにもかかわった経歴をもち、さらに超小型ロケットの開発で有名だった別の企業を買収して、いまのヴェクターを形作った。ヴァージン・オービットの社長兼CEOには、かつてボーイングで政府向け宇宙部門のヴァイス・プレジデントを務めていたダン・ハート氏が据えられている。
日本発のロケット企業が、こうした他国の企業と張り合っていくためには、他と同じくらいに、この業界を活性化させる必要がある。
たとえば、投資家や大企業、国の機関などから、もっと多くの資金が流れるようにすること。民間のもつ低コスト性やスピード感といったよさをいかしつつ、国が法律面や技術協力などで適切に支援すること。それにより、学生や大手メーカーの技術者などが、ベンチャーに参加したり、新たに立ち上げたりといった活動ができる土壌を整えることである。
そして既存の企業が成長するのはもちろん、新規の参入者も増やし、切磋琢磨して競争を発生させ、成功と失敗を重ね、新しい産業として自立できるようにしなければならない。その過程では、いくつかのベンチャーはつぶれ、あるいは大手の存在が脅かされることにもなるかもしれないが、それが新しい産業が生まれるということである。
その先に、日本の超小型ロケットの成功と、世界へのシェア拡大、そして日本も含めた小型衛星市場の拡大、それによるロケットの需要のさらなる拡大、そして宇宙ビジネス全体への波及へとつながる未来が見えてくる。
ロケット・ラボのエレクトロンはすでに商業打ち上げの段階を迎えた。他の企業もこの数年のうちに打ち上げに挑み、その中のいくつかは商業打ち上げにこぎつけるだろう。動き出すならいましかない。
参考
・LAUNCHERONE SERVICE GUIDE
・Launch - Vector
・PLD Space(@PLD_Space)さん | Twitter
・インターステラテクノロジズ株式会社 - Interstellar Technologies Inc.
・『新世代小型ロケット開発企画株式会社』の設立について
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info