今回のテーマは「PoC」だ。日本語で言うと「概念実証」という意味だそうだ。

なにやらカッコイイ言葉だ。みんな大好き、私も多分50万は溶かしているソシャゲ「Fate/Grand Order」(FGO)は、章をクリアすると画面に「定礎復元」「人理修復」「証明完了」とかいう文字がドンと出て、そのたびに「意味わかんねえけどカッコいいし、俺はそれをやり遂げた」という気分になれる。そこに「概念実証」と出てきても何ら違和感はないし、どのみち意味がわからないので「俺はやってやったぜ『概念実証』を」と思うだけだ。

PoC(Proof Of Concept)
Proof Of Conceptの略。概念実証。新しいコンセプトを実証、デモンストレーションなどを行うための製品や設備、あるいは実現の可能性を示すための試行を意味する。(東京エレクトロンデバイス 用語集より)

我々の今の生活は、さまざまなアイディアの実現によりあるわけだが、だからと言って、アイディアから直に実用品が生まれているわけではない。

個人レベルなら「スチールウールを甘辛く煮続ければ糸こんにゃくになるのでは」と思いついた瞬間、スチールウールを火にかけ始めてもいいかもしれない。だが、企業ともなるとそうはいかない。

いきなり実践して失敗したら、スチールウール、砂糖、しょうゆ、ガス代、さらに時間がまったくの無駄になってしまう、砂糖としょうゆぐらいならいいが、物によっては大きな損害である。

よって、いきなり本番に行くのではなく、データ上でスチールウールを甘辛く煮てみたり、前にやった「アディティブ・マニュファクチャリング」を駆使して、データを物体に落とし込んで試作してみたりして、それで「イケる」となって初めて実行に移すものだ。

そして、「PoC」は「それ以前」の話である。皆様もよく「貴様はそれ以前の問題だ」と言われるだろう。私もよく言われる。

PoCの精度向上と人間の感情

本番より小規模と言っても、試作にだってコストと時間がかかる。そもそもそのアイディアが実現可能な物なのか判断する工程が「PoC」である。そこで理論上可能だと判断されて始めて、試作などに進むのだ。

PoCをすることにより、無駄な試作をしなくてすむし、逆に一見して無理だと思えるようなものでもPoCをすることにより可能だとわかり、アイディアが埋没することを防ぐ。IT業界では、システムの新技術や、セキュリティにおいて新たに発見された攻撃手法が実際に機能するか実証するプログラムが有名だそうだ。

ここでも、個人レベルだとせっかく思いついたアイディアを「無理や」と言われたことで逆にムキになってしまい、スチールウールを和三盆で煮たりと、さらに被害を広げてしまったりするものだが、企業であれば大分無駄を省ける。

しかし「PoC」自体が間違っていたらすべてが終りである。「PoCの結果、可能だと判断された」という結果が出ても、「ソースはツイッター」ではダメだろう。根拠となる情報が正しくないと意味がないし、統計から見るなら「3人に聞いた」とかでは心許ない。PoCが間違っていたら、それこそ無駄な試作をすることになったり、有益なアイディアが没になってしまったりするのである。

また、本当に可能かどうか判断するだけのPoCも意味がない、スチールウールが糸こんにゃくになり得るかどうかだけ知りたいというなら良いが、例えば新しいシステムの場合、まずそれが可能かどうかだけでなく、さらに実際の業務で使えるかどうかまで判断しなければならない。

「システム自体は動くが動作が激重」だとか、「立ち上げるとそのシステム以外全部クラッシュする」とかではダメだ。また仮に、理論上可能であり、実際に使用することもできるとしても、そのシステムが商品として売れるかどうかはまた別の検証が必要だろう。

逆にPoCを厳密にやりすぎると、あらゆるアイディアが没になってしまうような気がしてならないが、明らかにダメなことをやってしまう率はかなり下げることが可能である。

この「PoC」の精度も上がってきているだろうから、我々は相当、やる前に失敗を防げるようになったはずである。それにも関わらず依然失敗はあるし、これからもなくならないだろう。結局は「やってみなければわからない」部分があり、現実ではどんな不測の事態が起こるかわからないし、逆に奇跡のようなことも起こるのである。

もしくは、明らかに無理という結果が出たのに「やってみなきゃ、わかんねえだろう、やる前に諦めるのか」と無意味にアツイことを言う人間がいたか、その場にいた全員が奇跡の方を信じてしまったかであろう。

前述の通り、せっかく思いついたことを諦めるのは辛い。無情な分析結果よりも、奇跡の方を信じたくなるのが人間だ。しかし、技術やシステムの質はドンドン向上している。あとはいかに人間の感情がその足を引っ張らないかにかかっている。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年10月10日(火)掲載予定です。