半導体メーカーの独Infineon Technologiesは、電気自動車への採用を見据えたハイブリッドカー専用の小型・高信頼のパワーモジュールを開発中であることを11月中旬ドイツのミュンヘンで開かれた「electronica 2008 」で明らかにした。

カーエレクトロニクス市場で世界第2位、欧州で1位、パワーエレクトロニクスで世界第1位を自負する同社は、重電の雄であるSiemensからスピンオフした半導体メーカー。それだけに重電あるいはパワーエレクトロニクスにはこれまでのノウハウの蓄積がある。

これまでのハイブリッドカー向けのモーター制御インバータでは、部品点数が多く、はんだ付けの箇所も多かった。自動車は常に厳しい環境で使われる。シベリアの極寒の地で使われるかと思うと、真夏のアフリカの砂漠でも使われる。そのため使用される動作温度範囲は、-40℃から+125℃まで保証しなければならない。

Infineonは、ハイブリッドカー専用のモーターインバータに使うためのパワー半導体モジュールを開発している。専用モジュールだからこそ、集積化し部品点数を減らし、実装面積、はんだ付け箇所も減らすことで、信頼性を上げようとしている。

特に温度サイクル試験は部品点数、はんだ付け箇所の数に大きく依存し、それらの数を減らせば減らすほど信頼性は増す。ハイブリッド専用だとパワーデバイスのドライブ回路も含めたモジュール全体のはんだ付け部分が少ないため、動作温度の保証範囲を高くできるとしている。一般に自動車用半導体やモジュールは動作温度範囲が最大125℃だが、同社のパワーデバイスは150℃まで保証している。

自動車は13年~15年の寿命が求められる。自動車用半導体も工業用半導体デバイスの仲間ではあるが、「ポンプやエレベータ、工作機械などの工業用と自動車とは要求性能や品質レベルが全然違う」と同社エレクトロニックドライブトレイン部門ディレクタのMark Munser氏は語る。

特に、使用温度範囲や振動に対する信頼性要求が全然違う。「Infineonの強みは高耐圧、大電流などパワーエレクトロニクスだからこそ、自動車メーカーの要求にあった製品を設計製造できる」(同氏)。

電気自動車へつなげるフルハイブリッド仕様

「ハイブリッドカー仕様は大きく分けて、フルハイブリッド仕様とマイルドハイブリッド仕様がある」(同氏)。フルハイブリッドとは、電気自動車並みに40kW~100kWという大きなパワーを持ち、マイルドハイブリッドは15~20kWのパワーのもの。

フルハイブリッドのパワー範囲が大きいのは、クルマのサイズによって異なるためである。小型車は40kW、中型車は100kWという具合だ。マイルドハイブリッド仕様はパワー範囲が狭いためクルマのサイズによらないが、電気自動車には使えない。15~20kWだとモジュールの冷却は空冷でも水冷でも構わないとしている。

Munser氏は今回のインタビューで2つのパワーモジュールを見せた(図1、2)。マイルドハイブリッド専用の20kWモジュールは現在量産立ち上げに向けて準備中で、2009年第1四半期には量産する計画である。フルハイブリッド専用のパワーモジュールは2009年末までに量産する予定になっている。

出力20kWのマイルドハイブリッドモジュール

出力80kWのフルハイブリッドモジュール

これまでのモジュールには、SiのIGBTとSiあるいはSiCのダイオードが使われている。さらに高温に使えるようにするためには、スイッチングトランジスタもSiCにする必要がある。SiCはSiと比べて動作温度をさらに高くすることができるからだ。

しかし、SiC結晶のコストはSiよりもかなり高い。ウェハサイズもSiと違って2~3インチのものしか手に入らない。デバイスにした状態でも例えばSiCダイオードだと3倍以上するという。

そこでSiCデバイスの高コストに見合うようなシステムを構築できるかどうかがカギとなる。そのためにはモジュールシステム全体のコストを下げられればよい。SiCだと高速動作が可能なため、スイッチング周波数を上げれば使用するインダクタを小型にできる。数百Aという大電流を流すパワーシステムではインダクタの体積は極めて大きいため、小型化のメリットは大きい。これによりシステムコストを下げられるとする。

Siでは大電流を流せるIGBTを使っているものの、SiCとなるとオフセット電圧(順方向電圧)のロスが効くためFETを検討している。SiCはバンドギャップが大きいため、順方向の電圧が2.8V程度もあるとMunser氏は述べる。Infineonは耐圧1000V、チップ面積1cm2で比較した。その結果、50Aでのロスは開発中のFETがSiのIGBTよりも最もロスが小さい。

FETにはMOSFETとJFET(接合型FET)がある。MOSFETはゼロ電圧ではオフにできるノーマリオフトランジスタであるが、JFETはノーマリオンタイプであり、負電源を必要とするためこれまでのデバイスにはMOSほどは多く使われてこなかった。

しかし、「MOSFETの弱点は薄いゲート酸化膜」(Munser氏)。JFETのバイアス回路を工夫すればJFETのノーマリオンという弱点を克服できる。ただし、SiCデバイスはJFETなのかMOSFETなのかMunser氏は明言を避けた。

ハイブリッドカー用のモジュールはデバイスを開発すれば終わりというわけではない。接続部分の信頼性を上げなくてはまだ使えない。使用温度範囲-40~+150℃は保証しなければならない。ボンディングワイヤと半導体チップ上のメタルの界面は温度サイクル試験を無限に繰り返すと必ずいつかもろくなりはがれてしまう。

自動車はコストアップを嫌う分野であるため、使用条件を考慮した回路設計を行う。例えば、-40℃の寒冷地で自動車を始動させたあと信号に差し掛かると、通常はモーターを止めてしまう。エンジンの温度と-40℃を行き来する。そこで、モジュールのトランジスタを動かし続け、しばらくの間温度差を生じないように工夫しておく。エンジンルーム内の温度が0度以上になると従来のようにトランジスタをオフする。このようにするとモジュールは-40℃と高温との大きな温度差ではなく、0度と高温との温度差になるため、使用条件は緩くなる。

万が一、自動車が故障した場合、どの半導体チップ、受動部品、材料が問題だったのかを特定するための製品トレーサビリティにも熱心に取り組んでいる。このモジュールを2次元バーコードで製造管理しており、その中に使っている半導体チップや材料をいつどこで誰から購入したものかを常にデータベースに管理しておく。半導体チップは、個々のチップにIDコードを付与するわけではないが、ウェーハのバーコードと、チップをピックアンドプレースした記録をデータベースに管理している。