「世界の警察」を標語する米国は、全世界をくまなく観測できる偵察衛星や、安全で確実な通信を実現する軍用の通信衛星、そして通信やレーダーなどの電波を傍受するための衛星など、多くの軍事衛星を地球の周囲に配備している。
しかし、それらの衛星を打ち上げているロケットが、実はロシア製のロケット・エンジンを使っていることはあまり知られていない。そしてクリミア問題に伴う米ヲ関係の悪化により、このロシア製エンジンが手に入らなくなる可能性が出てきている。
この危機を救うため、あるベンチャー企業が立ち上がった。その会社は、ネット通販でお馴染みのAmazon.comの創設者である、ジェフ・ベゾス氏によって立ち上げられたブルー・オリジンである。
アトラスVロケットとRD-180
2014年9月17日、米国のロケット運用会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)と、ジェフ・ベゾス氏率いるブルー・オリジンは共同で記者会見を開き、米国製の新しく、そして強力なロケットエンジン「BE-4」を共同で開発する協定を結んだことを発表した。
ULAは、航空宇宙大手のボーイングとロッキード・マーティンが共同で設立した会社で、両社が持つデルタII、デルタIV(ボーイング製)と、アトラスV(ロッキード・マーティン製)の運用を担っている。
このうち、デルタIVとアトラスVは、米空軍の新型ロケット開発プログラムの下で、ほぼ同時期に開発され、デビューした時期もほとんど同じだ。両機とも、米軍の軍事衛星や国家偵察局(NRO)の偵察衛星など、安全保障に関わる衛星を多数打ち上げているが、アトラスVの方がデルタIVよりも約2倍ほど多く打ち上げられており、どちらかといえばアトラスVが主力である。
だが、アトラスVはあるアキレス腱を抱えている。それは、ロケットの第1段に、「RD-180」と呼ばれるロシア製のロケットエンジンが使われていることだ。
RD-180は、かつてソヴィエト連邦で開発された巨大なロケット、エネルギヤの第1段エンジンとして開発されたRD-170を基に造られたエンジンだ。RD-170も180もとても高性能で強力なロケットエンジンで、また極めて高い技術力で造られている。それほどのエンジンを米国が輸入できた理由は、90年代のソヴィエト崩壊後の混乱で、財政難に陥っていたロシアが、少しでもドルを稼ぐために売りに出したためだ。
もっとも米国は、輸入したRD-180の技術を自分たちのものにするつもりでいた。手に入れたエンジンを詳しく調査し、自国内で生産するためのライセンス料も支払ったものの、あまりの技術の高さに自分たちで造るのは難しいと判断され、諦めてしまったと伝えられる。ただしこれは、何もソヴィエトが魔法を使っていたというわけではなく、時間とお金さえ掛ければ米国でも生産できるものの、輸入した方が安く、確実であったためだ。
だが今年に入り、クリミア問題に伴う米ロ関係の悪化によって、今後も輸入し続けられるかが不透明な状況になっている。クリミア問題では、米国はロシアに対して経済制裁を課したが、その報復として今年5月、ロシアのドミートリィ・ロゴージン副首相は、ロシア製エンジンの輸出の取り止めや、軍事衛星の打ち上げにRD-180を搭載したロケット、つまりアトラスVを使用することを禁止することを匂わせる発言をしている。
今のところ、実際にそうした動きがあるわけではなく、ロゴージン副首相の発言後にもロシアは新しいRD-180を米国に輸出しており、またつい先日も、軍事衛星と思われる秘密の衛星を搭載したアトラスVが打ち上げられている。しかし、今後の情勢の変化によっては、いずれ本当に輸入できなくなる可能性もあり、また米国内でも、ロシア製エンジンへの依存を続けることへの懸念が広がっている。
そこで今年春頃から、RD-180を代替する、米国製の新型エンジンを造るべきという動きが始まった。そしてULAは6月16日、その調査と検討のため、国内の数社と契約を結んだと発表した。この時は、その相手の企業については明らかにされなかったが、今回の発表でブルー・オリジンであることが明らかになった。