なぜコードネームを公開するのか
私は元来エンジニアでないので、半導体デバイスの回路設計の現場などは想像も及ばないのだが、長年AMDに勤務しているうちに回路パターンの拡大図をずーっと眺めているのが好きになってしまった。かつての私のAMDでのオフィスにはプロセッサ製品のダイ(シリコンチップのこと)の拡大写真が額に入れられて飾ってあったものだ。基本的に半導体回路の製造過程は印刷の技術なので、ダイ写真と言うのはシリコン職人の印刷作品ともいえる。
じーっと眺めていると職人気質のエンジニアたちの熱い思いが伝わってくる。そもそも、ダイの拡大写真の公表などは、機密保護の観点からすれば非常に矛盾している話ではあるが、新製品の発表と同時に雑誌などに載せることを想定してダイの拡大写真が送られてくるということは、職人たちの作品展示という意味があったのではないかと思っている。
初期の製品は手作り回路で非常にごちゃごちゃしていたものだが、集積度が急激に増すにつれてCADシステムの発達で、だんだんブロックごとの形が決まってきて、各ブロックが整然と並ぶようになる。またマルチコアになると、同じパターンのCPUコアが2個、4個とはっきり目視できるところが面白い。初期のころの回路写真には、ダイの隅っこに設計チームの名前や、アイコンなどをちゃっかり印刷しているものもあった。
ダイの話をするうえでいつも話題になったのが、CPUコアのコードネームである。最新鋭のCPU製品の開発では、まず基本のCPUコアを設計して、それをもとに派生製品を追加してゆく。
市場投入される前の開発中の製品にはブランド名がないが、まず社内で使用する開発コードが決められて、それをもとに製品ロードマップ(将来リリースを予定している製品の図表)を作成し、ビジネスプランを練ってゆく。
AMDとIntelの開発競争が激化すると、このロードマップはビジネスプランの礎となるだけでなく、お客の期待を獲得するために非常に重要なものとなり、それまでは社内、あるいは特定顧客に個別開示するものであったはずの製品コードネームを積極的に公開するようになっていった。
AMDのネーミングは場当たり的?
これらのコードネームの付け方については各社、設計チーム、責任者などが勝手に決められるので、いろいろなものがあった。初期のコードネームは単なる記号・番号の組み合わせであったが(K5、K6、K7など)、だんだんロードマップが複雑化してくると、もうちょっと覚えやすい、親しみのあるものに変わっていった。Intelのコードネームは、私が覚えている限りではUSのオレゴン付近を流れる川の名前で一貫していた(Klamath、Katmai、Deschutes、Willamettなど)が、AMDの方はあまり一貫性がなく場当たり的なケースが多かった。
例えば、K7コアは最初はK7とK75であったが、その後ThunderbirdとSpitfireが登場した。この二つは製造プロセスが0.25ミクロンから0.18ミクロンへと向上したときのCPUコアであるが、ご存じのようにこれらは第二次大戦中連合軍が主力としていた戦闘機の名前である。表向きには勇ましく、かっこよかったが、主力製造拠点をテキサスのAustinから旧東ドイツのドレスデンに移した時だったので、ドレスデン工場から猛烈な反対が出た。それはあたりまえで、ドレスデンは第二次大戦中の度重なる空襲を受け、市街のほとんどが破壊された歴史を持つからだ。これは本当にいただけない話であった。
しかし、発表してしまったものを引っ込めるわけにはいかず、その後のK7の発展製品は競走馬の種類(Thoroughbred、Palominoなど)に変更された。格好がよく当たり障りのない名前を探した結果か、開発責任者が馬好きだったのだろう。因みに、K7後のK8コアのコードネームはHammerシリーズ(Slegehammer、Clawhammerなど)には「Intelをぶっ潰す」という思いが込められていた。
ひとつ変わり種は、K6-IIIのSharptoothだ。これは当時はやっていた映画のJurassic Parkに登場するティラノサウルスの名前だった。このころAMDのCPUには3Dグラフィックの処理を向上するためのSIMD拡張命令3DNowが搭載され、確かPCゲームのJurassic Parkをテーマにしたタイトルがこれに対応し、Comdex Showでデモを行った覚えがある。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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