前回は、多くの農業高校の教育課程において「ビジネスとしての農業」が十分に指導されていない現状を説明した上で、そのような状況の中、「よいものを作る」だけではなく、もう一歩踏み込んだ取り組みの例として、福島県立会津農林高等学校の伝統野菜普及に関する挑戦を取り上げた。今回も引き続き、農業高校で行われている特徴的な取り組みを紹介する。

売れるメロンは四角い? - 高付加価値農産物の生産と輸出

皆さんは四角いメロンをご存じだろうか。実は、愛知県立渥美農業高等学校が開発した高付加価値農産物に「カクメロ」という文字通り四角いメロンがある1)。果実にフレームを設置して栽培し、形を立方体に整えたマスクメロンである(2005年に商標登録済み)。マスクメロンらしい網目を発生させつつ形状を整えるのは至難の業で、フレームの素材を変えながら試行錯誤を繰り返し、幾度もの失敗を経験して安定した生産までこぎつけたそうだ。同高校はこのフレームを利用した栽培方法についても2007年に特許を取得している。

形状を変えた果実には一定の市場が存在しており、代表的なものにスイカがある。ただし、形状を変化させたスイカの場合は熟す以前に収穫するため、あくまでも観賞専用であり、食すのには適していない。その点、「カクメロ」は球形の普通のメロンに劣らない糖度を誇り、見た目が楽しい上に切って食べても美味しいそうだ。マスクメロンは1個5000円前後が相場であるが、「カクメロ」は1万円を超える価格で販売されている。こうした高い価格設定は生産者に夢を抱かせ積極的な生産の動機づけとなっていることに加え、ブランド品の産地形成にも一役買っている。

さらに、「カクメロ」は香港、シンガポールへの輸出実績もある。日本らしいきめ細やかな栽培管理の成果であるこの高付加価値商品を、国内マーケットでの拡販だけで満足せず、積極的に海外マーケットに売り込んでいる貴重な事例と言える。

カクメロの外観 (出典:愛知県立渥美農業高等学校Webサイト)

農業実習現場にITを導入 - センサ観測データをクラウドに蓄積

農業高校の教育現場でもIT化は進んでいる。生産現場に積極的にITを導入している例として、宮崎県立高鍋農業高等学校の取り組みを紹介したい。

高鍋農業高校は、2013年よりNECの提供する「農業ICTクラウドサービス」を導入し、農業実習に役立てている2)3)4)。具体的には、イチゴなどを栽培するハウスに気温や湿度、日照量、二酸化炭素濃度などの測定センサーを取り付け、観測データをクラウド上で保存している。これまでも授業内でこれらのデータを計測してノートにグラフ化するなどの作業は行っていたが、授業のない夜間のデータは観測できていなかった。センサの導入によりハウス内の環境変化を継続的かつ効率的にモニタリングすることが可能になり、病害虫の発生や生育不良の原因を生徒自身が精緻なデータに基づいて考察、特定し、改善策を考えることに役立てている。

同高校によると、「農業ICTクラウドサービス」の導入にあたっては、「生徒が卒業後に就農した際にもノウハウを活用できる点」、「機能がシンプルでITの専門家でなくとも各種デバイスを手軽に取り扱いできる点」、「クラウド技術の発達によりサーバやネットワークなどの大規模で高コストな設備を用意せずとも簡単に導入できる点」を評価したという。スマートフォンに慣れ親しんだ世代の高校生たちにとって、デジタルデバイスは大人が思う以上に身近で当たり前のツールとなっている。もはや、農業のデジタル化は一部の最先端農家が行う特別なものでなくなりつつあるのだ。

前回から2回にわたって見てきたように、現在、全国の農業高校には学校独自で、あるいは企業と連携しながら先進的な取り組みをしている例がたくさんある。これらの取り組みの多くは、政府が掲げる「6次産業化」「FBI戦略」「スマートアグリ」(詳細は第1回の記事をご参照)という攻めの農業政策とも合致しており、次世代の農業を担う世代の人材育成において参考になるものだと言える。

経営・マーケティングの授業を行う農業高校

これまでに紹介した事例とは別角度の取り組みとして、手前味噌ではあるが、筆者の所属するアクセンチュアが一般社団法人Bridge for Fukushimaと共同で推進している、農業高校向けの人材育成プログラムとその目的について紹介したい。

アクセンチュアでは企業市民活動(CSR活動)の一環として、現在、福島・宮城両県の合計4校の農業高校(宮城県農業高等学校、宮城県小牛田農林高等学校、福島県立相馬農業高等学校、福島県立福島明成高等学校)において経営やマーケティングに関する授業を行うプログラムを提供している。このプログラムでは、生徒たちがバーチャルな「会社」を作り、オリジナルの加工食品の商品企画・開発、事業計画・販売戦略の立案から、実際の販売、販売結果の決算・振り返り、事業収支の改善策立案、決算報告(最終発表)までの一連のビジネスプロセスを、1年間かけて体験しながら学ぶ。

グローバル化や少子高齢化が進む中、将来の地域経済の主たる担い手となる農業高校の生徒には、食品や農作物を生産する技術だけではなく、それらに高い競争力や付加価値をつけられるような商品開発力、課題解決力、そして経営に関する知識の習得が求められる。また、こうした知識・スキルの習得に加えて、「変革への熱意」をコアに「多様性を尊重する姿勢」、「自分らしさを積極的に発信する姿勢」、「個人の良さを活かしながら他者と協力する姿勢」といったマインドセットを持った人材の育成も目的としている。これは、こうしたマインドセットを子どものうちに身につけておけば、知識・スキルについては大人になってからでもさらなる成長が期待できるというアクセンチュアの考え方に基づいている。

次世代人材に求められるマインドセット(出典:アクセンチュア)

同プログラムでは、普段は企業を相手にして経営コンサルティング業務に従事するアクセンチュアの現役社員がボランティアで講師を務める。実践的な経営感覚と生きた知識を身に付けさせることが狙いだ。模擬的な会社運営とはいえ、授業の中で商品企画書や事業計画書を作成し、製造原価を計算した上で各商品の販売価格を決定する。生徒たちは自ら企画した商品の付加価値は何か、他の商品とはどこが違うのかといったセールスポイントを徹底的に考え、確実に利益を出すために「1個あたりの容量を減らしてみてはどうか」「包装材はもう少し安価で調達できるのではないか」など、銘々に案を出して最終的な商品を作り上げる。

また、知識・スキル習得の基盤となるマインドセットを培うため、同プログラムでは高い頻度でグループディスカッションや共同作業の時間を設けている。生徒たちは、会社の"共同運営"を通じて他者に自分の意見を伝えることの難しさ、意見が食い違った際に互いに納得できる落としどころを見つける難しさ、そして、異なる個性のメンバーが生み出す化学反応により、自分一人ではたどり着かなかった解決策やより良い結果を得る達成感と喜びを知る。実際、昨年度に同プログラムを受講した生徒からは、「授業中は、チームメンバーに自分の意見をわかってもらうために説明を工夫した」「自分には考え付かないことをチームメンバーが提案した結果、たくさんのことを経験できた」といった声をもらっている。

このプログラムはすでに3年間継続して実施されているが、授業を通じて6次産業化に興味を持つようになり、実際に進路を変更した生徒もいる。農業が産業としての抜本的な構造変革を迫られている今、現場で実業に従事して産業の中核を担っていく農業高校の生徒たちこそ、今後はこのようなマインドセットを備え、TPP(環太平洋連携協定)や消費者ニーズ・流通構造の多様化といった荒波を乗り切る力を養っていく必要があるのではないだろうか。

次回以降では、日本の農林水産業を背負って立つ人材の育成について考察する前段として、グローバルの事例を参照しながら世界の農林水産業で起きている変革の詳細を見ていき、人材育成の本質的な意味を掘り下げる。

参考

1) 農高生発案の四角いメロン「カクメロ」――特許取得・夢の商品化実現――(農業教育資料61号、2007年5月25日発行)
2) 農業IT化の波 生産性の向上進む 二酸化炭素、日照量、肉質もデータ化(読売新聞、2014年11月12日)
3) 栽培"見える化"実践 考える農業 手応え 宮崎県立高鍋農高(日本農業新聞、2015年8月31日)
4) 宮崎県立高鍋農業高等学校様: 事例紹介(NEC)

著者プロフィール

藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。

久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。