先日、アメリカのトランプ大統領が訪日した。これに限らず大統領の移動では、空軍の大統領専用機が使われるのが通例だ。他国でも、国家首脳を初めとするVIPが移動するために、専用機を用意している事例は多々ある。我が国でも、航空自衛隊が政府専用機を運用しており、以前は747-400、今は777-300が使われている。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
エアフォース・ワンは機体の名称ではない
アメリカの場合、以前はボーイング707-320CベースのVC-137を使用していたが、後継機として、ボーイング747-200BをベースとするVC-25が1990年に引き渡された。
そして現在、ボーイング747-8をベースとする後継機VC-25Bの計画が進んでいる。が、スケジュール遅延とコストの上昇に見舞われている。
閑話休題。VC-25は、しばしば「エアフォース・ワン」と呼ばれるが、厳密にいうと、これは機体そのものの名称ではない。この機体は米空軍の所属で、空軍における制式名称はVC-25である。
そして「エアフォース・ワン」は、そのVC-25が大統領を乗せて飛んでいるときだけ使われるコールサインだ。大統領が乗っていないフェリーフライトや訓練飛行などでは、1号機なら「SAM28000」、2号機なら「SAM29000」というコールサインを使う。SAMは地対空ミサイル(Surface-to-Air Missile)の略… ではなくて、特別航空任務(Special Air Mission)の意。
内装がゴージャス……なだけではない
もちろん、VIPが乗る機体であるから、相応に内装はゴージャスであるし、さまざまな設備を整えてもいる。
一般の民航機では上級クラスのキャビンを機体の前方に配置しているが、VC-25でも同様に、大統領のためのキャビン(執務室、寝室、会議室などで構成)は機体の前方にある。その後方には、随員のための区画などがある。キャビンの後ろの方には、随行記者などが同乗するためのシートも用意されているようだ。
しかし、内装がゴージャスというだけなら、民間のビジネスジェット機でも似たような話はある。アメリカ合衆国の大統領を乗せる機体には、違う特徴がある。大統領はアメリカ軍の最高指揮官でもあるから、どこにいようが、報告を受けたり指示を下したりできなければ仕事にならない。
そのため、通常の電話機だけでなく、秘話通信用の設備や、テレビ会議のための設備を整えている。また、自機の安全を守るために、赤外線誘導ミサイルが飛来したときに妨害するための装置も備えている。電子機器は、核爆発の際に発生する電磁波にも耐えられる仕様になっているとされる。
実は、こうした特別仕様を施すために経費がかかっている。VC-25の場合、機体そのもののコストは2機で2億4,980万ドルと発表されているが、搭載する各種システムなどの特別仕様を含めると、総額は6億5,000万ドルあまりに達したという。
床下は通常なら貨物室になるところだが、VC-25では食料品などを保管する倉庫が設けられているらしい。また、タラップがない飛行場でも乗降できるようにするための内蔵タラップが組み込まれているが、この話は第411回でも書いた。
こんな調子で特別仕様がてんこ盛りだから、改造には費用も時間も要するわけである。それは作業が進行中のVC-25Bでも同じこと。ベース機を既存の新古機(注文流れになった新造機)にして、いくらか安くあげてはいるものの、総経費と比べて節減額がどの程度の比率になったのか、と疑問に思わざるを得ない。
この辺の事情は、海兵隊が運用している大統領専用ヘリコプターも同じだ。H-3シーキングをベースとするVH-3Dと、後継機となるシコルスキーS-92ベースのVH-92Aパトリオットがあるが、やはり通信機器などの特別仕様におカネがかかっている。
ちなみにこちらのコールサインは「マリーン・ワン」だが、これが大統領が乗っているときだけ使われるコールサインなのは「エアフォース・ワン」と同じ。
カタールからの申し出に物言いが付いた理由
程度の差はあれ、どこの国でもVIP輸送機でセキュリティに神経を使うもの。ただ、ことにアメリカ合衆国の大統領が乗るとなれば、その「神経を使う」度合は最高レベルに達する。だから、ベースとなる機体も「どこまで信頼できるか」という問題が出てくる。
カタールが、アメリカに対して「747-8を提供するから大統領専用機として使ってください」と申し出たときに、それが問題になった。
ボーイングの工場で製造したばかりの新造機、あるいはアメリカ国内のオペレーターで飛ばしていた機体なら、素性が分かっている。しかし、他国で使っていた機体をもらい受けたときに、それが同様に素性が分かっていて信頼できるのか、というわけだ。
内装を改修したり、さまざまな電子機器などを搭載したりすることになれば、結局は既存の内装をひっぱがすことになると思われるが、その際に機体構造や搭載機器のコンディションを確認するのに加えて、おそらくは「何か余計なもの」が付いていないかどうかの確認も行われていると思われる。
それは、供与元のカタールを信頼しているとかいないとかいう話ではなくて、出所がどこであれ、信頼できる機体でなければならないからだ。
では他国では?
政府専用機、VIP輸送機を保有・運用している国はけっこう多いが、誰も彼もがVC-25並みに重装備というわけではない。それに、世界のどこにでも飛んでいけないと困るかどうかは国によってそれぞれであるし、調達・運用・維持管理にかけられるおカネの問題もある。
だから、アメリカと同様に大型の民航機をベースにすることもあれば、もっと小型の単通路機をベースにすることもあるし、ときにはビジネスジェット機を使用している国もある。ガルフストリームみたいに足の長い機体なら、それでもあまり困らないかもしれない。
もしかすると、エアバスA321XLRみたいな足の長い単通路機は、この先、お手頃価格のVIP輸送機としての導入事例が出てくるかも知れない。
あと、機種選定に際しては「メンツ」の問題がついて回ることもある。フランスの大統領がアメリカ製機というわけにはいかないし、ロシアの大統領なら、やはりロシア製機を使いたいところであろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



