話はいささか旧聞に属するが、BAEシステムズが2025年7月17日に、マルチコプターの武装化に関するプレスリリースを出した。よくよく考えてみれば、ちょっと面白い話題であるし、「戦闘用無人機」の一種ともいえる。 。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
TRV-150×APKWS
件の「マルチコプターの武装化」とは、マロイ・エアロノーティクス製のT-150というクワッドコプターに、BAEシステムズが手掛けるレーザー誘導ロケット弾AGR-20A APKWS(Advanced Precision Kill Weapon System)を搭載したもの。
これをユタ州のダグウェイ実験場に持ち込んで、実射試験を実施した。ちなみにこのダグウェイは、第二次世界大戦中に「本物そっくりの日本家屋」を建てて、焼夷弾のテストを実施した場所でもある。
閑話休題。APKWS搭載のための改造を実施したT-150は、TRV-150と称する。機体の下面に、APKWSが収まるように円筒形の穴を開けた部材を設置して、そこにAPKWSを通す形で搭載する。APKWSは70mmロケット弾にレーザー誘導装置を取り付けたものだから、穴の直径はそれに合わせてある。
本来、TRV-150は「ラストワンマイル」物流のために開発された輸送用クワッドコプターで、ペイロードは68~200kg(さらに300kgまで増やす取り組みが進行中)。APKWSのベースになっているハイドラ70ロケット弾の重量は10kg前後だから、誘導キットを追加したものを複数搭載しても、重量面では十分に余裕がある。
ただ、クワッドコプターの武装化というと、爆薬を搭載して投下したり、自ら突っ込ませたりといった使い方が大半で、ロケット弾の搭載事例はあまり聞かない。しかし実は、小型無人機に向いた手法でもあると考えられる。なぜか。
マルチコプターに武器を搭載した時の問題は反動
銃砲類は「薬室に入れた装薬を爆発させて弾を撃ち出す」仕組みだから、当然ながらその際に反動が発生する。これを書いている筆者自身、後学のために銃を撃つ経験もしてみる方が… と思いつつも、思うだけで実践していないのだが。
もちろん、大口径になるほど反動も大きい。その極めつけが大口径の艦載砲ということになる。反動が大きくなれば、それを吸収する駐退器も大がかりになるし、砲塔リングや船体も反動に耐えられる強度が求められる。
そこまで極端でなくても、例えば飛行機に機関砲を搭載すれば、やはり反動がある。F-16やF-35Aみたいに、機体の中心線から外れたところに機関砲を搭載すると、撃ったときの反動でヨー方向の動きが発生してしまう。それは飛行制御コンピュータが補正してくれるのだが。
では、もっと小さな機体、例えば電動式のマルチコプターだと、どうなるか。実例はいろいろあって、ウクライナ軍は、ワイルド・ホーネッツというマルチコプターにAK47自動小銃や機関銃を搭載してロシアとの戦闘に投入したことがあるという。
また、アメリカのデューク・ロボティクスという会社は、マルチコプターに機関銃や擲弾発射機をぶら下げたTikadという製品をこしらえた。
ただ、自動小銃にしろ機関銃にしろ擲弾にしろ、撃てば反動が発生する。小さなマルチコプターでは、その反動にどう対処するかが問題になる。中心線上に搭載すればヨー方向の動きは抑えられるが、機体の下面に搭載すれば、反動によってピッチ方向の動きが生じるのは避けられない。
ロケット弾は発射時の反動が小さい
それと比べると、実はハイドラ70やAPKWSみたいなロケット弾には有利なところがある。撃ったときの反動が少ないからだ。実際、TRV-150からAPKWSを撃ったときの模様を撮影した動画を見ると、機首(?)がちょっと跳ね上がるものの、すぐに元に戻っている。
これなら、マルチコプターにセンサーやレーザー誘導装置を搭載しても、狙いをつけるのに苦労する度合は少なくて済むのではないか。機体が揺れてしまって照準に苦労するようでは、別の誰かが誘導用のレーザー照射を行う必要がに迫られてしまう。
それに、ロケット弾は支持架からシャーッと滑り出ていくだけだから、機体構造にかかる負荷も小さいのではないか。すると、「武装化のために構造を強化しなければ!」なんていうこともなさそうである。
ただし、後方に高温の排気炎を噴射するところは問題だが、それは一瞬のことであり、ロケット弾はすぐに遠くに飛んで行ってしまう。しかも、プラットフォーム(この場合にはマルチコプター)は飛んでいるわけだから、実害はないということだろう。
ひとつ難点を挙げるとすれば、弾数が少ないことだろうか。重量面から考えると、TRV-150に搭載できるAPKWSは最大でも3発どまりと計算できる。もっとも、弾幕を張るのではなく「レーザー誘導で一発必中を期する」のであれば、大きな問題にはならないかも知れない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。

