2025年8月末に、英海軍の「クイーン・エリザベス」級空母「プリンス・オブ・ウェールズ」が来日、全国の艦艇好きがおおいに湧いた。まず12日~28日にかけて米海軍の横須賀基地に滞在した後、28日から(本稿が載る)9月2日まで、東京国際クルーズターミナルに来航した。「ゆりかもめ」の車窓からもよく見えたので、御覧になった方は多いのではないか。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
英空母で初のギャラリー・デッキ付き
米海軍の原子力空母なら横須賀に前方展開しているから、比較的、身近な存在といえる(それもよく考えるとすごい話だが)。
以前に、第323回や第324回でも空母のメカニズムについて取り上げたことがあったが、英海軍の「クイーン・エリザベス」級を見ると、なじみ深い米空母と共通するところもあれば、違うところもある。
昔の空母は、主船体の上に囲いと柱を立てて飛行甲板(フライト・デッキ)を支える構造として、上甲板と飛行甲板の間の空間を格納庫とするのが一般的だった。つまり、船体構造を構成するのは格納庫の床までで、そこから上は別の構造物が載っている。2つの箱を積んだようなものだ。
しかし現代の空母は例外なく、飛行甲板まで含めて船体構造としている。その船体構造の中を何層にも区切って、格納庫を初めとする多層の甲板を構成している。つまり、ひとつの大箱の中を細かく仕切っている。
そこで米空母が先鞭を付けたのが、第324回でも取り上げたギャラリー・デッキ。飛行甲板と格納庫の間に1レベル分の甲板を設けて、居住や指揮統制など、さまざまな区画を並べている。この構造は英海軍の「クイーン・エリザベス」級も同じだが、実は英海軍の空母でギャラリー・デッキを設けたのは本級が初めてだ。
それまでの英空母は、格納庫の上は直に飛行甲板となっていた。その方が「上の方が軽くなる」ので重心面を考えると有利そうではある。しかし、空母を機能させるために必要となる多数の区画を、うまいこと艦内に設置するのは難しくなる。そこで格納庫甲板の下に設ける甲板を増やせば、結局はその分だけ格納庫の位置が上がってしまう。
やはり、いまどきの空母型の艦ではギャラリー・デッキを設ける方が、合理的な区画配置ができるようである。それに、航空関連要員が飛行甲板との間を行き来するのに、格納庫の下からえっちらおっちら上がるよりも、飛行甲板直下のギャラリー・デッキから上がる方が楽だ。
機体を上げ下げするリフトは右舷のみ
英空母も米空母と同様、搭載機を格納庫に降ろすのは基本的に「整備するときだけ」。だから、稼動中の機体は飛行甲板に露天繋止している。これは東京国際クルーズターミナルに来航したときも同じで、おかげでF-35BやマーリンHM.2ヘリコプターといった搭載機を外から眺めることができた。
整備に回す機体を飛行甲板から格納庫に降ろすときには、当然ながら機体を上げ下げする仕掛けが必要になる。米空母では左舷の艦尾寄りに1基、右舷に3基のエレベーターを設けて、機体の上げ下げに使っている。
では「クイーン・エリザベス」級はというと、右舷側にのみ、2基のリフトを備えている。イギリスだから「エレベーター」ではなくて「リフト」である(ここ重要)。
そのリフトは、船体の側面に設けたレールに沿って上下移動する仕組みだが、上げ下げの操作は別途、ウインチを用意している。米空母はワイヤーを巻き取ったり伸ばしたりしてエレベーターを上げ下げしているが、「クイーン・エリザベス」級は、ワイヤーではなくチェーンを使っている。
ただし、空母を空母として機能させるために必要なリフト(日米の艦ならエレベーター)は、それだけではない。さらに、弾薬を運び上げるためのリフト(日米の艦ならエレベーター)が必要になる。
「プリンス・オブ・ウェールズ」の飛行甲板上で、注意喚起のための黄色のゼブラ標記で囲まれた、比較的コンパクトなリフトを見つけた。これが兵装用のリフトではないかと睨んでいるのだが。では、それを使って運び上げる兵装はどこからやってくるのか。
自動化倉庫と同じ兵装ハンドリング
どんな軍艦でも、砲弾、爆弾、ミサイルといった兵装を保管しておくための「弾薬庫」という区画がある。
ただ、なにしろ爆発物と可燃物を溜め込むのが弾薬庫だから、被弾の可能性を減らすため、艦内の奥深くに設けるのが通例。しかし安全性の観点から、兵装を機体に搭載する作業は飛行甲板上で実施するのがお約束となっている。
兵装搭載のためにいちいち、機体を格納庫に降ろすのは非効率的。そもそも、格納庫で弾薬搭載作業をやっていたら、もしも爆発炎上などの事故が起きたときにダメージが大きい。そのことは、ミッドウェイ海戦について書かれた本を読んでみればすぐ分かる。
それに、格納庫は整備用のスペースとして使っているから、そこに兵装搭載のためにいちいち機体を押し込むのは無理がある。
よって、艦内の奥深くにある弾薬庫から運び出した兵装を、飛行甲板まで運び上げる仕掛けが必要になる。
そこで「クイーン・エリザベス」級では、バブコック社が開発した兵装ハンドリング装置、HMWHS(Highly Mechanised Weapons Handling System)を導入した。兵装をパレットに載せて弾薬庫から送り出して、それを格納庫や飛行甲板まで運ぶ作業を機械で実施するものだ。いってみれば自動化倉庫の搬送システムである。
横方向の移動は、レールに載せたパレットを移送装置が動かす。そしてパレットをリフトに載せると、上下方向の移動ができる。これにより、少ない人員で兵装の移動ができることになった。あいにく、このHMWHSが動いている現場を見ることはかなわなかったが、Youtubeで動画を探すと見つかるようだ。
HMWHSみたいな仕掛けがないと、兵装をドリーに載せて人手で押して動かさなければならない。故障する可能性があるメカは減るが、人員の所要は増える。そこで英海軍は省力化を優先したということだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



