軍民を問わず、機体の不具合や燃料不足など、何らかのトラブルに見舞われたときには、最寄りの飛行場に降りて安全を確保するのが一般的な対応。それは特に珍しい話ではないが、なぜかF-35Bについては「降りたはいいけど、その後で長居してしまう」事例が相次いでいる。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照
F-35Bが民間空港に下りる事例が相次ぐ - 3月、6月、8月
鉄道だと「マズいことになったらまず止める」が鉄則だが、飛んでいる飛行機を止めたら墜落してしまう。だから代わりに、最寄りの飛行場に降ろす。その際に軍民の区別などいっていられないから、軍用機が民間空港に降りることも間々ある。
3月、高知空港に緊急着陸
2021年6月14日に、米空軍のCV-22オスプレイが山形空港に緊急着陸したときには、「珍しい機体が来た」といって見物の人が鈴なりになった。このときには2機のうち1機がしばらく滞在したが、しばらくといっても6日間の話。20日には飛び立って行った。
ところがである。2025年3月25日に、米海兵隊のF-35Bが高知空港に緊急着陸した。すぐに飛び立つだろうと思っていたら、この予想は大外れ。件の機体が高知空港を飛び立ったのは、6週間も経過した5月5日のことであった。
6月、インド・ティルヴァナンタプラムの空港に緊急着陸
続いて6月14日に、イギリス軍のF-35Bが悪天候に起因する燃料不足に見舞われて、インド南部・ケーララ州の州都、ティルヴァナンタプラムの空港に緊急着陸した。この機体は、英空母「プリンス・オブ・ウェールズ」に乗艦してデプロイメントに出ているうちの1機だ。
この機体、(松山空港に降りたF-35Cがそうしたように)燃料を搭載したらすぐに離陸……とはいかず、不具合に見舞われたようで、飛び立てなくなってしまった。
7月に入ってから、イギリスから技術チームが到着して、ようやく機体を格納庫に入れて修理作業を開始した。そして、作業が終わってオーストラリアに向けて飛び立ったのは7月22日だから、これまた1ヶ月以上の長逗留となった。油圧系統と補助動力装置(APU : Auxiliary Power Unit)に問題があったとのことである。
8月、鹿児島空港に緊急着陸
といっていたら、別のイギリス軍のF-35Bが、8月10日に鹿児島空港に緊急着陸した。この機体は8月13日に格納庫に移されたが、これを書いている8月21日現在、まだ飛び立ったとの報はない。
こちらも、「プリンス・オブ・ウェールズ」に乗艦してデプロイメントに出ているうちの1機。「プリンス・オブ・ウェールズ」は横須賀と東京に寄港しており、9月2日に東京を出発するので、もし機体が直っても、空母が洋上に出なければ着艦できないという制約もある。
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2021年に、英空母「クイーン・エリザベス」が横須賀に寄港したときの撮影。飛行甲板上にF-35Bが並んでいる様子が分かる。空母や強襲揚陸艦なら、支援インフラ一式をフネに載せて持ち歩くことができる 撮影:井上孝司
民間空港に降りたという共通点
この3件、いずれも機体はF-35Bで、降りた場所が民間空港という共通点がある。
当たり前の話だが、ホームベースの基地と違って、純然たる民間空港にF-35Bを運用するための支援インフラはない。もしも機器やパーツの交換が必要になれば、それは持って来なければならないが、それに加えて各種支援機材の類も必要であろう。
それに、F-35では運用管理のための情報システムも不可欠なものになっている。
しかもである。実際に取材で接した経験があるから骨身にしみて感じている話だが、F-35というのはとにかく「保全に厳しい機体」である。部外者は機体から××フィート以内に接近してはいけないし、関係者の官制名が公にされるケースも限られている。
日本では比較的、緩やかみたいだが、海外ではエアショーや基地公開で展示されている機体の撮影にも制限がつけられることが多い。中には画像消去を命じられた事例もあると聞く。
そんな調子だから、民間空港に降りた機体がいると、警備も問題になるのは当然だろう。整備点検の際にはアクセスパネルを開けなければならない場面も出てくるから、それが衆人環視になっては具合が悪い。もっとも、格納庫に入れるなら入れるで、その格納庫の警備体制が問題になる。インドのケースがこれだったという。
警備上の問題、支援インフラの有無、必要な人手と機材と交換部品の搬入。そういった一切合切を整えるのに手間がかかり、仕方なく長居をしてしまう結果になっている一面があるのではないか、と推測しているのだが、真相やいかに。
ステルス機のデリケートな部分と分散運用
最近のステルス機は、F-35に限らず、保全にうるさい機体ばかりである。最近は以前より緩やかになった感もあるが、F-22Aラプターは「後ろに立ち入ってはいけない」というゴルゴ13みたいな扱いがされていた。F-35も同様の扱いを受けることがある。
2022年12月に初号機がロールアウトしたB-21レイダー爆撃機のごときは、ロールアウトの現場に報道陣を入れはしたものの、撮影できるのは真正面からだけ。しかも「主翼の前縁と同じ目線の高さ」になるように調整され、機体の詳細をできるだけ見せないように工夫をしていたと聞く。
機種に関係なく共通する「ステルス機の、特に厳しい部分」といえば、空気取入口とその奥のダクト、そしてエンジンの排気口まわり。ステルス機に不可欠の機内兵器倉まわりも厳しそうなものであるし、実際、地上展示されているF-35をローアングルで撮って怒られた、なんて話もある。
かように保全にうるさい機体になると、事故を防ぐために民間空港に降ろすことがあるのは仕方ないにしても、その後にいろいろ面倒なことが起こるようだ。
となると、関係者の間では「支援インフラも人手もいない民間空港に降りた機体を、迅速に回収するための仕掛け」を構築する必要性が認識されているかも知れない。整備と警備を担当する人員、それと所要の機材をそろえたパッケージをパッと送り出せる体制を作るとか。
近年、航空戦の分野では「機動分散運用」の流れが出てきている。そういう観点からしても、ホームベースを離れた場所に、迅速かつ機敏に派遣できる整備支援チームは不可欠なはずだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



