これまで5回にわたり、新幹線やクルマなどに活用されている身近な航空関連技術についてお伝えしてきた。第6回となる今回のお題は、グラスコックピット化。ただしこれは、「航空関連技術」というよりも「航空機における手法の拡散」という方が正しそうではある。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • これは、2018年にデモツアーのために来日したA350-1000のコックピット。当節の民航機は、だいたいこんな調子でディスプレイ主体の計器盤になっている 写真:井上孝司

航空機におけるグラスコックピット化と、その利点

航空機のコックピットがグラスコックピット化するようになって、もう久しい。量産される旅客機だとボーイング767、戦闘機だとF/A-18A/Bホーネットあたりが、グラスコックピット化した機体を大々的に量産した初期の事例といえるのではないだろうか。

当初は主要計器のCRT化ぐらいだったが、対象がどんどん広がり、画面のサイズが大きくなり、そこに表示する情報の種類も増えた。入れ替わりに、機械式計器の数がどんどん減った。スタンバイ計器だけ機械式計器を残す形を経て、最近ではスタンバイ計器までグラスコックピット化(メインとは別に小さなディスプレイを設ける)する事例が増えている。

  • 機械式のアナログ計器を主体とする計器盤の例、米空軍のHH-60Gペイブホーク救難ヘリ。ただしこの機体の場合、暗視ゴーグル(NVG : Night Vision Goggle)を使用する関係で機械式計器のほうが具合が良い、という事情がある 写真:井上孝司

デバイスの面では、奥行きが大きい上に電力消費が多く、発熱もしやすいCRTから、アクティブマトリックス液晶ディスプレイに切り替わった。それだけならパソコンのディスプレイも同じだが、航空機用で独特であるのは、バックライトの光量可変範囲が極めて広いこと。夜間飛行での使用を想定した結果である。

グラスコックピット化のメリットとしては、「必要な情報を必要なときに見られる」「逆に、不要な情報を見せずに済ませることもできる」「1つのデバイスでさまざまな情報を扱える」「表示内容の変更が容易にできる」といったあたりが挙げられるだろうか。そして、アクティブマトリックス液晶ディスプレイを使用すれば、薄型になる上に、発熱も消費電力も少ない。

鉄道車両の場合

機械式計器をたくさん並べていたものが、液晶ディスプレイによるグラスコックピットに移行してきた事例というと、鉄道車両が挙げられる。「かぶりつき」をすれば誰でも現物を見られるので、まあまあ身近な使用例といえるだろう。と考えた。

電車の場合、速度計、(ブレーキ用圧縮空気系統の)圧力計、電圧計、電流計といったあたりは常に存在する計器だが、さらに信号保安システムの高度化により、速度計と制限速度あるいは減速パターンの情報を一緒に表示するようになった。

また、搭載機器の動作状態を監視・表示するモニター装置や、駅発着時刻を初めとする運転関連情報を表示する仕掛けも加わっている。紙に書かれた運転士用の時刻表を持ち歩く代わりに、同じ情報をICカードに記録しておいて、それをセットすると情報が画面に出る、そんな形が一般的になった。

そうなると運転台に設置するディスプレイ装置の出番が増えるから、それならみんなまとめてグラスコックピット化してしまう方が合理的、となる(なぜか鉄道車両業界では「メータ表示」ということが多いようだが)。機械的に動作する計器や表示灯を設置すると、配線・配管をいろいろ引っ張ってこなければならないが、グラスコックピット化すれば、そこの構造もシンプルにできる。

一般的には2画面用意して、片方に速度計をはじめとする、運転操作に直接関わる情報。他方に機器の動作状態や時刻表などの運転関連情報。そういう使い分けが多いようだ。

ただしこれは運転士の場合で、車掌は事情が違う。速度計を見る必要はなさそうだが、車両ごとの乗車率や車内温度など、車掌だから知りたい情報もある。そこで「表示する情報を切り替えられる」グラスコックピットの利点が効いてくる。

乗用車の場合

自分のクルマ(スバル・インプレッサスポーツ)は昔ながらに速度計と回転計がどーんと正面に座るスタイルだが、しばらく前にレンタカーでトヨタ・アクア(2代目)を借りたら、計器板がディスプレイ表示になっていた。

  • レンタカーを借りたらトヨタ・アクアが出てきて、こんな計器盤になっていた。時代の変化を感じる 写真:井上孝司

そこに車速や、セレクターレバーのポジション(重要!)を表示するのは当然だが、ハイブリッド車だからハイブリッド・システムの動作状態を表示したいところである。ガソリンも積むから、燃料タンクの残量表示も要る。四輪駆動モデルだと、必要に応じて後輪をモーターで回すから、そちらの動作状況も見せたい。

そんなこんなの多種多様な情報を柔軟に表示しようとすれば、液晶ディスプレイにして表示内容を切り替える方が現実的なのはわかる。と考えてみると、そうした「グラスコックピット化の利点」は飛行機と共通する部分もあるのだな、という話になる。

もっとも、ちゃんと訓練を受けたパイロットが操縦する飛行機と比べると、運転する人のスキルレベルが幅広い市販乗用車の方が、画面デザインや操作性の面で、配慮しなければならないことが多そうではある。

ただ、計器板を液晶画面にするのは構わないが、空調の操作系ぐらいは物理スイッチを残してほしいものである。タッチパネル式の液晶画面では、そちらに視線をやらないと操作ができないし、それでは前方注視が成り立たなくなる。

そういえば。クルマの分野では最近「バイ・ワイヤ化」の事例が増えつつあるが、これもまた、飛行機の操縦系と似た話ではある。

その他の分野でも

ここまでは「乗り物」の話だが、その他の分野でも、メーターやスイッチや表示灯を物理的なモノとして並べる代わりに、タッチパネル式の液晶画面に切り替える事例が増えてきている。

操作性に関する配慮だとか、多様な情報を柔軟に表示できるとかいう話に加えて、パーツの点数が減る上に接点や可動部が減って、信頼性の向上を期待できる利点もあるのだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。