今回のお題は、技術というより素材の話で、そういう点では前回に取り上げた炭素繊維複合材料と同じになる。そこでお出まし願うのが、ポリカーボネート樹脂。

ポリカーボネートは熱可塑性樹脂で、ベースとなるモノマー同士を接合してポリマーを構成する際に、その接合部がすべてカーボネート基で構成されるのが名称の由来。つまり「ポリ」「カーボネート」である。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • F-16戦闘機のキャノピーは、ポリカーボネート樹脂で作られた製品の一例 撮影:井上孝司

耐衝撃性と透明性の高さが買われる

ポリカーボネートの特徴は、耐衝撃性の高さ。何かがぶつかったときに、強化ガラスみたいに粉々に砕ける代わりに、伸びて変形しながら衝撃を吸収する。やったことはないが、ハンマーで殴ったぐらいでは割れないぐらいだという。

この耐衝撃性の高さから、防弾ガラスに使われることもあるというが、航空機では窓の素材になる。側面はまだしも、前面の窓はバードストライクの可能性が付いて回るから、耐衝撃性が高い素材はありがたい。特に、複雑な曲面で形成する戦闘機のキャノピーはポリカーボネートに向いている。

分かりやすい例がF-16の一体成型キャノピー。これは厚さ19mmのポリカーボネートで作られている。試作機の段階で、バードストライク発生時の変形が大きすぎてまずいと判明したため、量産機に移行する過程で当初の9.5mmから厚みを倍増させた。複雑な曲面で構成している上に、素材の厚みが増したため、機内から見る外の風景が歪みやすくなる傾向が増したのは悩みどころではある。

なお、ポリカーボネートは高温高湿度環境下では加水分解しやすいほか、表面の硬度があまり高くない(つまり傷がつきやすい)難点もある。

身近なポリカーボネートの用途いろいろ

そのポリカーボネート、身近な使用事例として昔から知られているのが哺乳瓶。耐熱性を備える点が、この用途に向いている。それに加えて、衝撃に強いから手荒に扱っても平気なところも具合がいい。

また、新幹線電車の側窓に使用する事例がけっこうある。最初の導入は500系で、ガラス製側窓の表面にポリカーボネートを接着して、側窓と車体の間の段差を詰めた。表面に傷がつきやすい問題は、コーティング加工によってクリアした。

  • 500系新幹線電車では、ポリカーボネートを接着して側窓と車体表面の段差を減らしている 撮影:井上孝司

その後の新幹線電車でも、N700系、E5系、E6系といった、特に軽さが求められる車両でポリカーボネート製の側窓が多用されている。ただし、ガラス製の側窓と比べると、お値段は高いそうだ。

その、500系で表面にコーティングを施したポリカーボネートを採用する際のヒントになったのが、バイクの風防スクリーン。ヘルメットの透明バイザー部やアイウェアにポリカーボネートを使用する事例もあるが、これらは耐衝撃性の高さと透明性が買われたもの。

平滑化ではなく保護を目的として側窓にポリカーボネートを使用する事例は、JR北海道の車両に多く見られる。これは、冬季に床下に付着・成長した雪塊が落下してバラストを跳ね上げるなどして、側窓を割る事象が多発したため。後付けでポリカーボネートのパネルを外側に被せたり、当初から側窓のうち最も外側の層をポリカーボネート製にしたりしている。

  • 後日の改造で、ポリカーボネートの保護層を側窓の外側に追加した283系気動車 撮影:井上孝司

透明性は関係ないが、耐衝撃性の高さが買われる事例としては、カメラや双眼鏡の匡体、ヘルメットがある。

車窓と環境基準を両立させる、ポリカーボネート製の防音壁

なお、新幹線は車両だけでなく、地上側でもポリカーボネートを使用する事例がある。それが防音壁。新幹線では、九州新幹線の全線開業に際して、延伸区間の博多~新八代間で使われたのが初出ではないだろうか。この区間は明かり区間がけっこう多い。トンネルだらけなら出番はあまりなさそうだが。

普通、防音壁は不透明だが、それが側窓より高い位置まで伸びてくると車窓の妨げになり、壁しか見えない。そこで、防音壁の高さを増す際に側窓より上の部分について、金属製のフレームにポリカーボネートを組み込んだものを使用するわけだ。九州新幹線に限らず、北陸新幹線でもちょいちょい見かける。

具体的にいうと、高さ3m以上の防音壁が必要になる住宅近接エリアなどで、高さ2mまではコンクリート製、それより上の部分をポリカーボネートにする。新幹線電車の床面高はレール上面から1,300mm、そこから側窓の底辺までは700mm前後が一般的だから、2mという数字と符合する。

  • 北陸新幹線で、車窓の妨げにならないように防音壁の一部をポリカーボネート製にした例 撮影:井上孝司

このポリカーボネート製の防音壁は、高速道路でも使用している事例がある。JFE建材のWebサイトによると、JIS K 6735G規格のポリカーボネートで厚みは5mmまたは8mm、これをアルミ製の枠に組み込んでいるという。

防音壁は、透明性の高さと対候性の高さが買われた用途。ただし、お値段は当然ながら高くなるため、車窓を大事にしたい場所でピンポイント的に使う事例が多いようだ。

この防音壁という用途、屋外に設置して風雨にさらされるものだから、汚れたり劣化したりする場面があるのは避けられない。いちいち雑巾で拭いて回るわけにもいかないだろう。

アクリルと比べると?

透明な樹脂素材というと出番が多いのが、アクリル樹脂。最近ではアクスタの素材としてもおなじみである。これをポリカーボネートで作ってポリスタ、という事例はないようだ。

透明性の高さではアクリルに一日の長があるようだ。また、コストの面ではアクリルの方が安価で、傷がつきにくいのも利点。そうした事情から、耐衝撃性をどこまで重視するか、コストをどこまで重視するかが、アクリルを使用するか、ポリカーボネートを使用するかの分かれ目になっている。

そのアクリルも航空機で使用する場面がある。たとえば戦闘機のコックピットで、前面のウィンドシールド部は耐衝撃性が高いポリカーボネート、その後方のキャノピー部はアクリル、とした事例がある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。