廃車になった新幹線電車の構体で使われているアルミ合金素材を再利用する話が、いろいろ実現している。まず、高い強度が求められない部位からリサイクルが始まったが、段階的にリサイクル材の導入範囲が拡がってきている。
といっていたら、空の上でも廃材のリサイクルという話が出てきた。手掛けているのはロールス・ロイスである。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
エンジンの廃材を金属粉末化して3Dプリンタで利用
その計画の名称は “Tornado 2 Tempest” という。ここに出てくるトーネードとは、イギリス空軍で使用していた可変後退翼を持つ戦術戦闘機のこと。テンペストとは、イギリス、日本、イタリアが共同で開発に取り組む新戦闘機計画・GCAP(Global Combat Air Programme)のデモンストレーターのこと。
その計画の一環として、次世代機のエンジンで使用する可能性がある技術を用いた小型実証エンジン・オルフュース(Orpheus)を開発する話がある。その際に、用途廃止になったトーネード戦闘機の廃材をリサイクルする、というのがこの計画の趣旨。
航空機で用いられる素材は軽量・高強度、部位によっては高い耐熱性が求められる。そこで、高品質の鋼材、アルミ合金素材、チタンなどといった素材が登場する。ということは、壊れた部品や用途廃止になった機体からは、そうした素材の廃材が出てくることになる。
しかし、廃材が出てくるといっても、それをどう活用するか。高い品質が求められる部位にいきなり使用するのはリスクがあるし、使用するにしてもどういう形で、どう加工して、という問題がある。そこで考え出されたのが、3Dプリンタでの利用だそうだ。
“Tornado 2 Tempest” プロジェクトチームでは、用途廃止になった機体のコンポーネントから、3Dプリンタで積層造形を行う際の素材となる金属粉末を生み出せるかどうか、という課題に取り組んだ。
そして、トーネードが搭載するRB199エンジンのうち、低圧圧縮機のブレードなどから、チタンを含む素材を取り出して所要の処理を行い、金属粉末化した。それを用いて、3Dプリンタでオルフュース・エンジン用のノーズコーンと圧縮機のブレードを作ってみたのだという。
それを実際に試験用のエンジンに組み込んで動かしてみた結果、ポジティブな結果が得られたと説明されている。
サプライチェーン強靱化につながる可能性
もちろん、「資源を大切に」とか「サステナブル社会の実現」とかいう観点もあるのだろうが、そうした観点からだけ見ていると、重要な部分を見落とすことになるのではないか。それが「サプライチェーンの強靱化・多様化」という話。
航空機で多用される素材の中には、供給源が特定の国に偏っているものがある。その典型例がチタン。2022年のウクライナ侵攻をきっかけとする対露制裁が行われるまでは、ボーイングもエアバスも、ロシアのVSMPO-AVISMAから、チタン素材あるいはチタン加工製品をたくさん調達していたぐらいだ。
また、レアアースの供給源に偏りがあり、それを政治的に利用している国があるのは、誰もが御承知の話である。その他の素材についても、同じような話が起こらないという保証はない。タングステンはどうか? ニッケルはどうか?
すると、廃材のリサイクルによって新たな素材供給源を確保することの意味が見えてくる。主語ではなくて目的語が大きな話になるのだが、リサイクルを通じた国家安全保障への貢献、という文脈につながるわけである。
冒頭で取り上げた新幹線電車の廃材と同じで、まずは低リスクなところ、実現可能性が高そうなところから、実際に試してみる。それで実績とノウハウを積み上げたら、徐々に適用範囲を拡大していく。それによってエンジン素材供給源の多様化が実現できれば、その意味は小さなものではないだろう。
ただ、こういう話を具体化できた背景には、金属素材そのものを扱う技術だけでなく、3Dプリンタによる積層造形という、新たな加工方法が出現したことも影響していると思われる。
鋳造や鍛造と異なり、3Dプリンタでは粉末化した金属素材を用いる。それにより、鋳造や鍛造では実現できなかったリサイクルが可能になるのだとしたら……?
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。