垂直離着陸(VTOL:Vertical Take-Off and Landing)機は、航空機メーカーや技術者の夢」なんていわれる場面を見かける。実際にどうなのかはともかく、過去にさまざまなメーカーがチャレンジしてきたのは事実。その中には成功事例もあるが、実のところは死屍累々。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
SPRINT X-Plane計画とは
特に、垂直離着陸と高速性能の両立を追求しようとすると、一気にハードルが上がる。
もっとも、高速性能を併せ持つVTOL機は、ハードルが高い一方で、成功すれば大きなブレークスルーにつながり得る機体でもある。まさに、米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)が食指を動かしそうな話といえる。
そしてDARPAが、米軍の特殊作戦部隊を統合指揮する特殊作戦軍団(USSOCOM:US Special Operations Command)と組んで立ち上げたプログラムが、SPRINT(Speed and Runway Independent Technologies)というXプレーン計画。滑走路不要、かつ高速飛行が可能な実証機を開発するプログラムで、速力400kt(約740km/h)超を目指すとしている。この数字は、V-22オスプレイの565km/hを大きく上回る。
このプログラムを担当することになったメーカーは2社。1つはボーイング傘下のオーロラ・フライト・サイエンス。もう1つは、V-22オスプレイやV-280バローといったティルトローター機の経験を持つベル・テクストロン。2社で同じ方式の機体を開発するのでは競合させる意味が怪しくなるが、当然ながら、それぞれ異なる方式の機体を構想している。
オーロラ・フライト・サイエンスはFIW
オーロラ・フライト・サイエンスがSPRINT X-Plane計画向けに提案しているのは、ブレンデッド・ウィング・ボディを用いる機体の翼内にリフトファンを組み込む、FIW (Fan-in-Wing)方式。全翼機っぽい外見をしており、高揚力・低抵抗を追求している。
リフトファンはエンジンから機械的に駆動する。そこのところは、F-35Bのリフトファンと似た感じがするが、F-35Bのそれはロールス・ロイスが手掛けており、オーロラ・フライト・サイエンスのFIWとの関連性はない。
現時点で存在するのは想像図だけだが、それを見ると、リフトファンは3基を組み込むようだ。ただし、もっと数を増やすこともできるらしい。
リフトファンが2基では、左右に並べるとピッチ方向(機首の上げ下げ)、前後に並べるとロール方向(左右の傾き)の支えがなくなってしまうから、別途、(F-35Bでいうところのロールポストみたいな)支えを必要とする。3基のリフトファンがあれば「三点支持」になるから、そういう問題は回避できると考えられる。ロール・ピッチ・ヨーの制御は、ファンの回転を個別に変えるのだろうか?
なお、開発する実証機は無人とする。人を乗せると機体が大きくなり、重くなる上に環境制御システムを追加する必要もあるが、無人ならそうした問題を回避できる。それに、オーロラ・フライト・サイエンスは無人機を作り慣れている。もちろん、FIW技術そのものは有人機にも適用できると説明されている。
ベル・テクストロンはHSVTOL
対するベル・テクストロンは、HSVTOL(High-Speed Vertical Takeoff and Landing)の技術開発成果を活用する。前述のようにV-22やV-280の開発経験もあるので、同社はSPRINT X-Plane計画に対してティルトローター型の機体を提案した。ただし、V-22やV-280とは決定的に異なるところがある。
ベルはHSVTOLについて「ヘリコプターのホバリング機能とジェット機さながらのスピード、航続距離、残存性を組み合わせた画期的な航空機」と説明している。その「ジェット機さながらのスピード」を実現するために、水平飛行中はプロップローターを折り畳んでジェット推進で飛行する。同社が作成したCGを見ると、胴体の背面に空気取入口らしきものが、尾部にエンジンの排気ノズルらしきものが見える。
この、折り畳み式ローターと統合推進・飛行制御システムの実証試験については、すでに2024年2月に、ニューメキシコ州のホロマン空軍基地にある試験施設で実証試験を行っている。「統合推進・飛行制御システム」が必要になるのは、プロップローターを使用するVTOL形態と、高速で水平飛行する形態の間で円滑かつ安全・確実な遷移を可能とする必要があるから。
もしも、モノになった場合に期待できる利点は?
まだ実機ができていない段階で、SPRINT X-Plane計画の成果を生かした実用機ができたときの話をするのは、もう鬼が笑うどころの騒ぎではないのだが。
この計画、USSOCOMが噛んでいるところがポイントではないか。特殊作戦部隊には、少人数のチームを敵地に送り込んだり、あるいは敵地からピックアップしたり、潜入中の特殊作戦チームに物資の追送補給を実施したりするニーズがある。いずれも、隠密裏に、かつ迅速に行いたい。
しかも、滑走路がないと離着陸できない機体では、飛行場がある場所でしか荷下ろしができない。MC-130Jコンバットタロンを送り込んでパラシュート降下、あるいは物量投下を行う手もあるが、機体がいささか大柄で目立ちやすい難点がある。
その点、垂直離着陸が可能、かつ足が速い機体ができれば、MC-130Jよりも有用な資産になり得る。そんな考えがUSSOCOMの側にあったのではないかと推測するが、どうだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。