連載「軍事とIT」の第511回と第512回の2回に分けて取り上げた話だが、6月にイタリア海軍の哨戒艦「フランチェスコ・モロスィーニ」が、海上自衛隊の横須賀基地に寄港した。たまたま、同艦が報道公開されたときには、後部のヘリ発着甲板で搭載機の点検が行われていた。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
ヘリコプターの難しいところ
旅客機であれば、その多くはエンジンを左右の翼下にぶら下げているので、地上からアクセスしやすい。もちろんカウリングで覆われているが、それは上ヒンジでガバッと開く構造になっている。
戦闘機の場合、エンジンは胴体内に収まっているが、交換が必要になれば後方に引き抜ける構造になっているのが一般的。だから、エンジン交換に要する時間は案外と短い。地上からのアクセス性も良い。
ところがヘリコプターの場合、エンジン、トランスミッション、ローター・ヘッドといった「飛ぶために欠かせない枢要部分」が、よりによって機体の上部に集中している。しかも、そのいずれもが、故障したり壊れたりしたら困ってしまう大事な機器。入念な点検整備は欠かせない。
では、「フランチェスコ・モロスィーニ」が搭載していたNHインダストリーズ製NH90ヘリの場合、どんな仕掛けになっていたか。
カウリングを開けたりずらしたり
NH90は双発機で、エンジンはロールス・ロイスとチュルボメカ(現サフラン・ヘリコプター・エンジンズ)が共同で手掛けるRTM322-01/9、あるいはGEエアロスペース製T700-T6E1を、胴体上部の左右に並べて搭載する。その2基のエンジンの間にトランスミッションがあり、上部に取り付けられたメイン・ローターを回転させる。
平素はエンジンもトランスミッションもカウリングで覆われているので、そのままではアクセスできない。そこでNH90ではどうしているかというと、カウリングを前部、中央部の左右、後部の左右に分割している。
そして、前部カウリングは前方に、後部カウリングは後方にスライドさせる構造としている。前部カウリングは左右一体構造で、これを前方にスライドさせると、左右のエンジンだけでなく、中央部に納まっているトランスミッションにもアクセスできる。残る中央部カウリングは、前後にスライドさせるわけには行かないので、左右に設けたヒンジで側方に向けて開く構造としている。
整備点検を行うには、整備員が機体の上部に登らなければならない。そこで胴体の両側面を観察してみると、ところどころにステップらしきものが付いている。そこに足を掛けて上部によじ登ることになるのだろう。
米海軍の空母では、頭部保護用のヘルメット(クレイニョと呼ばれる。英語ではCranial helmets)を被らずに機体に上がると怒られるらしいが、「フランチェスコ・モロスィーニ」では、整備員はヘルメットなしで機体の上部に上がっていた。もっともこれは、岸壁に繋留していて艦が揺れない状態だったからかもしれない。
ヘリ格納庫はどうなっているか
「フランチェスコ・モロスィーニ」のヘリ格納庫は天井がけっこう高く、甲板3層分の高さがある。これだけの頭上空間があれば、ヘリコプターの上部に上がっての整備点検はしやすそうだと感じた。
これを書くために、米海軍の沿海域戦闘艦(LCS : Littoral Combat Ship)「コロナド」で撮った写真を引っ張り出してみたが、こちらのヘリ格納庫は高さが甲板2層分の見当で、だいたいこれが一般的。海上自衛隊でかつて運用していたヘリコプター護衛艦「しらね」型もそうだった。
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ヘリコプター護衛艦「くらま」のヘリ格納庫。壁面上部に設けられた通路から、だいたい甲板2層分の高さがあると読める。「フランチェスコ・モロスィーニ」のヘリ格納庫は、これより甲板1層分高かった 撮影:井上孝司
その「しらね」型の後釜として登場した「ひゅうが」型や「いずも」型は空母型の艦型になっているが、飛行甲板の下に設けた格納庫の後端が整備用区画とされており、ここだけ天井が甲板1層分だけ高い。やはり、頭上空間の大小は整備作業のしやすさに影響するということだろう。
なお、格納庫の上部にクレーンが組み込まれているのは、水上戦闘艦のヘリ格納庫では一般的な光景。飛行に欠かせない枢要な機器が機体の上部に集中しているから、機器本体、あるいは部品を取り替えることになれば、クレーンで上方から上げ下ろしする必要がある。
狭い格納庫の中のことだから、レールに沿って移動させる天井クレーンを使う。上の「くらま」の写真でも、クレーンが移動するレールの一部が見える。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第2弾『F-35とステルス技術』が刊行された。