ここしばらく「サプライチェーン」というテーマでいろいろ書いているが、主体となっているのは「航空機を構成する部材、機器、コンポーネントなどの取得」。しかし、契約を結んで注文書を書くだけで飛行機ができるわけではない。モノが必要なタイミングで必要な数だけ、組立工場に届かなければ仕事にならない。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
航空機製造でもリーン生産方式
当節では航空機メーカーも、「リーン生産方式の導入」をアピールすることがある。これは1980年代にアメリカで、日本の自動車産業における生産方式を研究した上で、それをもっと広範に活用できるようにまとめ直した生産管理手法であるという。
例えば、機体構造の組み立てを行う場合、胴体(さらに前部・中央部・後部といった具合に分割される)、左右の主翼、尾翼、エンジンといったあたりが主な構成要素になる。
これらを最終組立ラインに持ち込んで組み合わせるが、すぐに使わない機体の部材までラインに並べておいたら「場所のムダ」が起きる。特に機体構造はモノが大きいだけに、影響は大きい。
すると、機体の製造ペースに合わせて順次、必要な部材を最終組立ラインに送り込むのが効率的となる。1日1機ペースなら、毎日ワンセットずつ送り込む。個々の部材の担当部門やサプライヤーに対しては、機体の製造ペースに合わせて製造・納入させる。
航空機の輸送における一工夫
ところが、機体構造材みたいな大物は輸送も一筋縄ではいかない。近距離なら道路輸送するケースもあるが、天候や交通状況による影響を受ける。海上輸送なら大物を運ぶには具合が良いし安価だが、これも天候の影響を受ける。それに、製造元や納入先が海に面していないと使えない方法でもある。
すると、「飛行機の組み立て工場は飛行場に隣接しているのだから、空輸すればよい」という発想も出てくる。だから、ボーイングは747LCF「ドリームリフター」、エアバスはA300-600ST「ベルーガ」や、その後継となる「ベルーガXL」といった特大貨物輸送機を、わざわざ用意している。
ただし飛行機も、天候などの影響から運行スケジュールが狂うことがある。しかし、最終組立ラインにモノを送り届ける日程は崩せない。となると、どこかにバッファを用意する必要がある。そこでボーイングは中部国際空港に、「ドリームリフター・オペレーションズ・センター」(DOC)を開設した。
日本のメーカーが製造した機体構造材は、メーカーが在庫するのではなく、DOCに搬入・保管する。それを、747LCFに積み込んでサウスカロライナ州の工場に空輸する。DOCがあるから、早めにモノを受け入れて、バッファを構成できる。しかもDOCがあるのは747LCFに搭載する現場だから、機体が飛来すればすぐに積み込める。メーカーの工場に保管していたのでは、それができない。
組立工程におけるモノの流れ
では、モノがそろった後の最終組み立て工程はどうか。理想をいえば、同一機種・同一仕様機ばかり大量生産するのが、最も効率がよろしい。しかし実際には、同一機種でもカスタマーごとに仕様が変わるのは当たり前だ。
ことに民航機の場合、カスタマーごとに内装品も機内の設備配置も異なることが多い。日本航空向けの787が内装品取り付けの工程に回ってきたときに、ルフトハンザ航空向けの機体で使用する内装品を取りそろえておいても仕事にならない。
だから、モノを工場と工場の間で輸送するだけでなく、個々のモノがどのタイミングでどの工程に持ち込まれるか、まで管理しないといけないわけで、航空機に限らず他の業界でも神経を使っているところだろう。
テキサス州フォートワースにあるF-35の組み立て工場では、F-35A/B/Cを混流生産している。共通性が高いとはいうものの、それぞれ主翼は違うし、F-35Bはエンジンも違う。機体組み立ての工程で、F-35Aを組み立てるのにF-35Cの主翼を持って来るわけにはいかないし、艤装工程でF-35Bが対象なのにリフトファンが来ていなかったら大惨事。それでもF-35の場合、カスタマーごとの仕様の差異はほとんどないだけマシだが。
そのF-35の組み立てでは、機体ごとに、カスタマーと機番を示す「タイプ・バージョン」を記した掲示がある。それを見れば、どこの国向けの何番目の機体かが一目で分かる。例えば、「BK-27」ならイギリス向けF-35Bの27機目。こういう標記も、間違いを避けるための工夫なのだろう。
完成した機体の流れ
サプライチェーンというテーマからは脱線するが、話のついでに。
完成した機体をそのままカスタマーに引き渡すだけなら分かりやすいが、例外もある。民間向けの旅客機やビジネスジェット機をベースにした軍用派生型がそれで、レーダー、センサー、コンピュータ、通信機器など、軍用でしか用がないミッション機材を搭載する仕事が増える。
それを、民間向けの機体と同じラインでやるか、別立てでやるか。主流は後者のようだ。まず、民間向けと同仕様で製造した「グリーン・エアクラフト」を完成させた後で、別工程に回してミッション機材を搭載する。ときには、機体構造の改造や補強が必要になることもある。
ちょうどこれを書いているタイミングで、英空軍向けの新しい早期警戒機、ウェッジテイルAEW.1(E-7A)の初号機がレーダーの搭載を完了したとのニュースがあった。背中に大きなレーダーを背負わせるので、機体構造も補強しないといけない。そういう改修は、ベース機の737-700を製造しているボーイングではなく、イギリスのSTSエヴィエーション・サービス社が担当している。工程上の理由と、イギリス企業に多少はおカネを落とすという理由によるのだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。