前回、第2次世界大戦中に米軍がマリアナ諸島で珊瑚を使って滑走路を急造した話を書いた。これはたまたま手近に使える素材があったからだが、いつもそんな幸運に恵まれるとは限らない。今回は、飛行場を突貫工事で作るときに使うデバイスを紹介しよう。

穴あき鉄板とSATS

戦争になると、戦地に近いところに飛行場を急造したいというニーズが発生する。そもそも、現代の軍事作戦に航空戦力は欠かせない。滑走路がなくても離着陸できるヘリコプターという手も考えられるが、ヘリコプターに戦闘機の代わりは務まらない。どうしても固定翼機が欲しくなる場面はある。

第2次世界大戦の頃なら、舗装は必須とはいえなかった。否、舗装してあるに越したことはないが、とりあえず平らに均した土、あるいは草地の滑走路でも、一応は離着陸ができた。ただし、土の滑走路で離着陸している写真を見ると、盛大に土埃が舞い上がっていて、あまり機体のためには良くなさそうだ。それに、凸凹していれば機体に余計な振動が加わるし、土や草地では雨が降ったらアウトである。

  • 1944年に、太平洋上のメジュロ環礁で撮影されたF4Uコルセア。舗装されていない、戦地の飛行場の典型 写真:US Navy

そこで、第2次世界大戦中に米軍が多用したデバイスが、「穴あき鉄板」。まず、ブルドーザーを持ってきて草木を取り除くとともに、地べたを平らに均す。そこに、ロールに巻いてある穴あき鉄板を広げて、舗装工事の代わりにする。穴はあってもなくてもいいのだが、穴を開けるほうが鉄板が軽くなるので扱いやすい。もちろん、タイヤが落ち込んで動けなくなっては本末転倒だから、小さな径の穴をたくさん開けることになる。

また、ベトナム戦争でも似たようなデバイスが登場した。それが、米海兵隊が持ち込んだSATS(Short Airfield for Tactical Support)。直訳すると「戦術支援用の短い飛行場」となる。海兵隊が敵軍と交戦している現場の近くに持ち込んで、固定翼機が発着できる飛行場を急造する。そこからA-4スカイホーク攻撃機を飛ばして、空からの支援を提供する、という図式。

SATSはアルミ製の箱を並べた構造で、設営する滑走路の長さは4,000ft(約1,200m)程度。そこから爆弾を満載したA-4を離着陸させるには距離が足りないので、なんとカタパルトや拘束装置まで用意した。原子力エンジンで自走するわけではないが、メカ的には「地上空母」みたいなところがある。

なお、アルミの箱だけでなく、鉄板を敷き詰める場面もあったようだ。ただし、ロールに巻いた穴あき鉄板ではなく、四角い鉄板をつないで並べてある。どちらにしても、下の地べたが凸凹していると、上に敷く鉄板やアルミの箱も凸凹してしまうから、最初の整地作業はきちんとやる必要がありそうだ。

  • 1965年に、ベトナムのチュライ基地で撮影されたA-4スカイホーク。駐機スペースは舗装ではなく、鉄板を敷き詰めて作られている。立っている人との比較で、鉄板のサイズの見当がつく 写真:DoD

この種のデバイスは現在でも、戦地で飛行場を急造したり、爆撃で壊された滑走路や誘導路を応急修理したりする場面で、登場することがある。例えば、防衛省の令和4年度概算要求で、「分散パッド」という項目があるが、これも似たような仕掛けではないだろうか。つまり、駐機場が壊されてしまったときに、これを滑走路や誘導路の隣接地に敷いて、とりあえず機体を駐められる場所を作るという話であろうか。

穴あき鉄板の意外な難点

短くても何でも、とにかく固定翼機の離着陸ができる滑走路を迅速に構築できる。これが、穴あき鉄板やSATSの利点。しかし、A-4みたいな普通のジェット機なら異物吸入による機体の損傷(FOD : Foreign Object Damage)に気をつければ済むが、機体によっては穴あき鉄板だと具合が悪いケースがある。

それが、ハリアーやF-35Bみたいな垂直離着陸機。実際の運用はSTOVL(Short Take-Off and Vertical Landing)だが、どちらにしてもエンジン排気を下方に向けて噴出することに変わりはない。そこで下に穴あき鉄板が敷かれていると、何が起きるか。吹き付けられた排気ガスや空気が、穴から鉄板の下に入り込んでしまう。それでは鉄板が舞い上がってしまい、FODどころの騒ぎではなくなる。

では、SATSみたいに穴が開いていない素材ならどうか。もちろんこちらのほうがマシだが、箱や鉄板のつなぎ目には隙間がある。だから、やはりそこから下に排気が吹き込んでしまい、箱や鉄板を浮き上がらせてしまう。それを防ぐためには、SATSを設営するときに、継目の隙間を丁寧に塞がないといけない。そうなると、「滑走路の急造」とは相反する話になってしまう。

ハリアーでも、重さが11tの舗装マットを排気で浮き上がらせてしまった実績があるそうだから、さらに推力が大きいF-35Bならどうなることか。と考えると、「戦地に飛行場を急造して固定翼機を飛ばす」というオペレーションそのものが、成り立ちにくくなってきているのかも知れない。小型軽量の無人機ならともかく。

  • ホバリング中のF-35B。展示のために長々とホバリングして見せてくれたが、騒音のすさまじさときたら大したもの。実際に経験した方なら納得していただけると思う。もちろん、エンジン排気の勢いはハリアーを上回る

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。