前回に、「航空事故現場における残骸の飛散状況を調べる」という話を書いた。現場は飛散状況が重要だが、残骸については調べなければならないことが、まだいろいろある。

回収した残骸を並べ直す

事故現場では飛散状況を精確に把握することが大切だが、そこから回収した残骸を、今度は実機と同じ形に並べ直してみる場合がある。そうすることで、どの部分の残骸が欠けているかを把握したり、破損や破断がどこからどういう順番で発生したかを調べたり、といったニーズがあるからだ。

事故調査の話ではないが、ソ連軍が洋上で試射したミサイルの残骸をアメリカ海軍の潜水艦が現場の海底から拾い集めて自国に持ち帰り、それを元のミサイルの形になるように並べ直してみた、なんて事例があったらしい。とんでもないジグソーパズルだ。

もちろん、海底に飛散した残骸の回収だから、すべてのパーツを回収できたわけではないだろうし、そもそも粉砕されてしまって残骸にならなかった部位もあったと思われる。

同じ理由で、洋上で墜落事故が発生すると、残骸の回収、あるいは残骸をベースにした原因調査は難しくなる傾向にある。すべての残骸が海面上に浮いているわけではないし、逆に、海底に沈んでしまうわけでもない。そして海底に沈んだ場合、水深が深いと回収は困難になる。

とはいえ、「どこそこの残骸が見つからない」ということも、事故調査におけるひとつの参考データなるかも知れない。ただし、同じ「存在しない」でも、「存在するはずだが見つからなかった」「粉砕されたので存在しなくなった」「見つけられたが回収できなかった」など、いろいろなパターンが考えられるからややこしい。

  • 事故でアラスカ州アイエルソン空軍基地に墜落した「B-29 スーパーフォートレス」 写真:U.S. Air Force

    事故でアラスカ州アイエルソン空軍基地に墜落した「B-29 スーパーフォートレス」 写真:U.S. Air Force

計器や操作系を調べる

残骸に関する調査というと、破損や損傷の状況といったものを真っ先に想起する。しかし、それ以外にも調べなければならないことはいろいろある。

たとえば、操作系。つまり、エンジン推力を加減するスロットル、フラップの上げ下げ、スポイラーの開閉、降着操作の上げ下げといったものはレバー操作によって指示しているが、そのレバーの位置がどこにあるか。これも大事なファクター。

例えば、多発機の事故で、一部のエンジンだけスロットル・レバーの位置が戻されていたら、当該エンジンで何か不具合が発生していたことの傍証になるかも知れない。計器についても事情は同じで、針がどこを指しているかを調べるのは重要なプロセスになる。

  • 機械的に動く計器や操作系なら、墜落時の状態が残されている可能性がある。ただし、それを全面的に信用できるかどうかはわからない 撮影:井上孝司

    機械的に動く計器や操作系なら、墜落時の状態が残されている可能性がある。ただし、それを全面的に信用できるかどうかはわからない

ただ、メカニカルに動作するアナログ計器であれば、物理的に動くメカニズムと針が存在するから調べようがあるが、最近の飛行機はみんなグラスコックピットだ。電源が切れたらディスプレイの表示は消えてしまい、どの計器がどんな値を表示していたのかはわからなくなる。

これを解決しようとすれば、アビオニクス管制用のコンピュータに仕掛けを追加して、どの計器にどんなデータを表示していたか、という記録を連続的にとらないといけない。結構なデータ量になりそうである。

もっとも、そういう形で記録したデータであれば、(データの保存や読み出しがちゃんとできれば、だが)メカニカルな計器の表示よりも信頼できそうだ。

実のところ、事故調査の過程で「計器の表示がこうなっていたから、こんな現象が起きたのではないか?」という問題提起に対し、「いや、墜落時にかかった衝撃で針が動いてしまったのかもしれない」という反論が出てきて、ケリのつかない水掛け論になったことがある。これは前述したレバー類の位置にもいえることだが、どちらの可能性も「絶対にない」とはいいきれないから、なかなか収拾がつかない。

計器やレバー以外だと、普通なら火気がないはずの場所に火災の痕跡があったかどうか、なんていうことも事故原因究明の役に立つ可能性がある。ある旅客機の墜落事故で、内装パネルに炎で焼かれた痕跡がわずかに残っていて、「一過性の火炎が発生したのではないか」という推測につながった事例がある。

事故機の写真にマスクされた部分が

これが民航機の事故ならともかく、軍用機の事故になると、事故報告書は公表されても、機微に触れる部分がマスクされた状態で公表される、なんてことが起きる。筆者の手元にある某戦闘機の事故調査報告書が、まさにそんな状態になっている。それでも、事故調査報告書を公開してくれるのは、情報公開が進んでいることの証だが。

面白いのは、そのマスクされた部分が鮮明に写っている写真もまた、筆者の手元にあること。もちろん、事故とは関係ない別の同一機種が、エアショーでデモフライトを行ったときに撮影したもの。

保全上、「この部分について明瞭にわかるデータや写真を公表するのはまずい」という判断が出てくるのは、特に軍用機の場合は避けられない。ことに事故調査では、機体の構造やシステムについて、機微に触れそうな部分に言及せざるを得ない場面が、どうしても出てくる。

ところが、機微に触れる部分について非公開にしたりマスクしたりするということはすなわち、「この部分は機微に触れるセンシティブな部位です」と広告することにもなってしまう。実は、露骨に非公開にしたりマスクしたりするのは藪蛇かもしれないのだ。

もっとも、だからといって素の状態のままで開けっぴろげに、おおっぴらにするわけにも行かないだろうから、公表版だけ、わざと写真を不鮮明にするぐらいの対応は必要だろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。