航空事故が発生すると、往々にして「人的ミス」に原因を求める声が出てくる。確かに、人的ミスに起因して事故が起きた事例はたくさんある。ただ、そこで「不注意なのが悪い」「たるんでる」といって吊し上げて、精神論に落とし込んでも、本質的な解決にはならない。人間はミスをする可能性があるのだという前提で、そのミスを防いだり、ミスをリカバリーしたりする策を考えるほうが現実的である。

緊急事態の認識

飛行機、とりわけ大型旅客機のコックピットを見ると、大きな計器盤に多数の計器や表示灯やスイッチが並んでいて、圧倒される。ところが、これも過去の経験に基づいて、人的要因を考慮した結果として今のスタイルができているのである。

緊急事態を知らせる手段も、その一例。例えば表示灯だが、用途に合わせて色分けするようになっている。グラスコックピット化した場合でも同じである。

つまり、「問題ない」なら緑または青、「注意」なら燈色(アンバー)、「警告」「危険」なら赤、と色分けしている。だから、機械式計器であれ、グラスコックピットを構成する多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)であれ、アンバーや赤の表示が現れたら、直ちに状況を把握して対処しなければならない。

ただし、そんな単純な話では済まないこともある。例えば、1974年11月20日にケニアのナイロビで747が離陸直後に墜落する事故があった。原因は、本来なら出していなければならない前縁フラップが出ておらず、揚力が不足したためである。

「前縁フラップが出ていない時に赤ランプが点くのでは?」と思いそうになるが、そういう仕様ではなかった。出ていれば青のランプ、中間状態だとアンバーのランプ、出ていなければ何も点灯しない、という仕様だったのだ。

なぜかといえば、前縁フラップは離着陸時にしか使用しない。それが引っ込んでいる時に赤ランプが点く仕様にすると、飛行中は赤ランプが点きっぱなしになってしまう(しかも、それは問題ない状態である)。そこで、前縁フラップが引っ込んでいる時には何も点灯しないことにした。

平素はそれでいいが、離着陸時の出し忘れについて注意喚起するには、抜かりがあったといわざるを得ない。赤ランプが点いていなければ問題ない、と思うのが一般的な受け止め方だから。

とはいえ、物理的なランプで警告しようとすると、対応は難しい。離着陸時と巡航時で別々のランプを用意するしかない。グラスコックピットなら、離着陸時と巡航時でモードを切り替えて、「離着陸時に前縁フラップが出ていなかったら赤で警告表示」とできるが。

このほか、計器の場合には、入ってはいけない領域は縞々で表示する工夫がなされている(クルマの回転計でいうところのレッドゾーンと同じ)。そういえば、米軍機のフライトマニュアルを見ると、「EMERGENCY」つまり緊急事態対処手順の頁だけは縞々の縁取りになっている。「縞々 = 危険領域」というわけだ。

パイロットは、その緊急事態対処手順を必死になって覚えて、さらにシミュレータ訓練で実地に試している。空軍のパイロット訓練では、飛び立つ前にいきなり「○○の緊急対処手順は?」と問われて、ちゃんと答えられないとフライトはキャンセル、なんてこともあるという。

操作ミスを防ぐための工夫

緊急時にしか操作しないスイッチ、例えば戦闘機だと兵装パイロンの搭載物を一斉に緊急投下するスイッチがあるが、これも黄色と黒の縞々でマークしてある。非常消火装置や射出座席のように、緊急時にしか使用しないレバー類も同様だ。

また、緊急時にしか使用しないボタンは、平常時に間違って押し込まないように透明の蓋を付けるのが一般的だ。突出している押しボタンの場合、その周囲を板で囲い、明示的に指で押し込まないと作動しないようにしていることもある。押しボタンの周囲を板で囲う処理は、飛行機だけでなく新幹線電車でも例がある。

引込脚の機体で意外とあるのが、降着装置の上げ下げに関するミス。例えば、他のレバーを操作するつもりで、間違って脚を上げ下げしてしまう場面が考えられる。

そこで、脚の上げ下げに使用するレバーを他の用途のレバーと間違えないように、レバーの先端部に車輪を象った円筒を付けてある。旅客機だけでなく戦闘機も同じだ。これで、「降着装置に関わる操作をするものだ」ということが一目でわかる。

  • F-35のコックピット・シミュレータ。中央やや左手にある「GEAR」とあるレバーは降着装置の上げ下げに使用するもので、先端部に円筒形の部材がついている様子がわかる。その左、黄色と黒の縞々でマークした「JETTISON」とあるノブは、搭載兵装を緊急投下するためのもの

これらはみんな、「うっかり操作」を防ぐための工夫である。設計する側が「そんな間違いをするはずがない」といって漫然と色・形状・配置を決めると、往々にして現場で「はずがない」ことが起きるのである。

見た目が似ていてもモノが違う

旅客機の窓のうち、操縦席の前にある風防(ウィンドシールド)は、外側からボルトで固定する構造が一般的。

過去にイギリスで、そのボルトのサイズを間違えたせいで飛行中に風防が外れてしまい、機長の身体が外に吸い出される事故が起きたことがあった。原因は、所定のものより小さいサイズのボルトを使ってしまったためだが、外見が似ているので間違えてしまった、という問題は捨て置けない。

  • 整備や交換の便を考えて、旅客機の風防は外から填めてボルトで固定する構造になっている。縁の部分にボルトが点々と並んでいる様子がお分かりいただけるだろうか?

また、油圧配管同士を接続するパーツを間違えたインシデントもあった。外形は似ていて、配管にねじ込む両側のネジのサイズも同じだが、中を通っているパイプの直径が違う。だから作動油の流れ方が規定通りに行かず、トラブルを起こしてしまったというわけだ。これもまた、見た目が似ているために発生したトラブルの一例と言える。

似たような話で、電気配線のコネクタをつなぎ間違えたせいで飛行機が墜ちたこともある。ことにフライ・バイ・ワイヤの機体だと、飛行制御コンピュータへの入力が正しいことが大前提だから、その入力の配線をつなぎ間違えれば、まともに飛べなくなる。

そこで「ちゃんと確かめないのが悪い」「お粗末なミス」といって吊し上げるだけでは問題の解決にならない。パーツを設計する側が、間違えないようにするための配慮・工夫を取り入れる必要がある。例えば、物理的な形状やサイズを変えれば、間違えようがない。

整備を担当する側でも、パーツの間違いが起きないようにする確認手順を策定するのが、なすべき対処というものである。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。