前回は、輸送機について「搭載能力を有効活用するためのストレッチ」と「ストレッチによるバリエーションモデルの実現」について取り上げた。今回は、そのストレッチの話をもう少し掘り下げてみよう。
計画的にストレッチ型を用意しました
民航機の場合、ストレッチは最初から計画的にやることが多い。つまり、「○○」という機種の中に、胴体の長さが異なる複数のバリエーションモデルを用意して、多様なニーズに対応できるようにしている。
例えば、ボーイング787ドリームライナーの場合、胴体が最も短い787-3と787-8に加えて、ストレッチ型の787-9と787-10がある。ただし、787-3は計画だけで終わったので、実際に作られるのは残りの3モデルだけとなった。それぞれのモデルの全長は以下の通り。
- 787-8 : 56.69m
- 787-9 : 63m
- 787-10 : 68.27m
つまり、787-8と比較すると、787-9は6.31m、787-10は11.58m長いことになる。本稿執筆時点では、まだ787-10の実機を日本で見る機会はないが、787-8と787-9は、どちらも日本の空を飛んでいるから比較は容易だ。
上の2枚の写真、パッと見には大きな違いがなさそうだが、窓の数を比較してみると、違いが見えてくるはずだ。わかりやすいのは主翼の前方で、扉と扉の間にある窓の数が明らかに違う。また、主翼の前後でそれぞれ胴体を伸ばしている様子もおわかりいただけると思う。
事例を挙げ始めると際限がないが、他の民航機でも大抵は胴体の長さが異なる複数のバリエーションモデルを用意している。例えば、三菱MRJにはMRJ70とMRJ90という二種類のモデルがある。後ろの数字は客室定員の数字で、定員が多いMRJ90の方が、胴体が2.4m長い。
後からストレッチ型を追加しました
新機種を開発・販売する当初から、胴体長が異なる複数のモデルを用意する、というのが前述の話だった。ところが、後になってストレッチ型を加えた事例もある。
例えば、ダグラスDC-8では後からストレッチ型の60シリーズ(-61、-62、-63)が加わったし、ロッキードC-130Jスーパーハーキュリーズではストレッチ型のC-130J-30が加わった。ボーイング747も、-100、-200、-400までは全長70.6mで同じだったが、最新型の747-8では全長が76.4mに伸びた。
つまり、「ニーズに合わせて、ストレッチしたモデルも追加しました」というわけ。ただし、それを既存機の改造でなく、新たなモデルの登場という形で実現しているところが、前回に取り上げた改造機のC-141Bと違う。
普通、後ろにつくサブタイプの数字が大きくなるほど胴体が長い。ところが、何にでも例外はあるもので、ダグラスDC-8-60シリーズでは、-61のほうが-62より長かった。
これは、「搭載能力重視の-61」と「搭載能力増加は程々に抑える一方で、空気抵抗を減らした主翼を組み合わせて航続距離延伸を重視した-62」という位置付けの違いによる。そしてさらに、-61の胴体と-62の主翼を組み合わせた「いいとこ取りモデル」の-63もできた。
航続距離延伸といえば、ストレッチではなく逆ストレッチの事例もある。つまり、胴体を短縮して小型軽量化した長距離モデルを作った事例だ。胴体を短縮すれば機体は小さく、軽くなるが、燃料が入っている主翼は変わらない。燃料消費が減るのに燃料搭載量は同じなら、航続距離が伸びる。
その一例がボーイング747SP。SPはSpecial Performanceの意で、登場した当時としては驚異的な航続性能を発揮した。747-100の航続距離が9,800kmだったところ、胴体を56.31mに短縮したSPの航続距離は12,325kmに伸びたというから、26%もの増加である。
しかしその後、空力特性の改善やエンジンの燃費改善により、わざわざ搭載能力を減らして収益性を悪化させなくても航続距離を伸ばせるようになった。民航機の経済性を図る指標の1つが「座席1つ当たりの運航コスト」だが、それでいくと、トータルコストが同じなら座席が少ないほうが不経済ということになる。
すると、胴体が短い分だけ定員が少ない747SPは、存在価値をなくしてしまう。そうした事情もあり、この機体は結局、45機しか造られていない。最近だと、2017年4月にサウジアラビアの国王陛下が来日された際、サウジアラビアの747SPが日本に飛来して話題になった。
その747SPの特徴は、基本型の-100や-200よりも大型化した垂直尾翼と水平尾翼。特に垂直尾翼の高さが際立っている。これは、胴体が短くなった分だけ尾翼の位置が前進した結果としてモーメントアームが短くなり、効きが悪くなってしまうからだ。それを補うために面積を増やした。
ところで、どちらに伸ばす?
ストレッチする場合、普通は主翼の前後それぞれで延長する。どちらか一方にだけ伸ばすと、前後の重量バランスがおかしくなってしまうから、主翼の前後それぞれで(ほぼ)均等に伸ばすことが多い。
ところが何事にも例外はあるもので、ダグラスDC-9と、その発展型のMD-80・MD-90シリーズを見ると、ストレッチが主として主翼より前方で行われている様子がわかる。だから、ストレッチが進んだ後期のモデルになるほど、主翼から機首までの距離がどんどん長くなっていて、傍目にはアンバランスに見える。
この飛行機はリアエンジン、つまり重量物のエンジンが尾部に付いている。だから胴体を後ろに伸ばすと、その分だけ重心位置が後方に移動する。それは静安定性の確保という観点からすると望ましくないので、主として前方に伸ばすことになったのだろうと推察される。