「Vtuber」という存在を知っているだろうか。Vtuberとは、「Virtual Youtuber(バーチャル ユーチューバー)」の略で、仮想のキャラクターを利用して、人間の動きをモーションキャプチャで反映させた動画や配信映像をYouTubeに投稿している人のことを指す。
近年、盛り上がりを見せるVtuber業界だが、そこに企業の名前を背負い参入する「企業公式Vtuber」が登場している。
本連載では、会社の顔としてVtuberを導入している企業の担当者に話を伺い、その誕生秘話や担当者の想いに迫る。
第2回となる今回取り上げるのは、日本の自動車業界を牽引するホンダの関連会社でホンダが販売する自動車の純正アクセサリーを企画・開発および販売するホンダアクセスの公式Vtuber「クラリゼ」。担当者である浜田周平氏と飯田えりか氏に話を聞いた。
「クラリゼ」はどんなVtuber?
クラリゼは、「もっともっと色んな人と車を通して交流したい!」というホンダアクセスの想いから誕生した3人組レースクイーンのVtuberで、それぞれホンダアクセスが過去製作したコンセプトカーの生まれ変わりという設定でキャラクターメイクされている。
青い髪のリゼットは、「Re:Z」というコンセプトカーがモデルになっている。「Re:Z」は、若「はじめての・ひさびさのデートカー」をコンセプトとしており、数あるコンセプトカーの中でも人気のあるものだという。また、はじめてのデートカーという若者へ向けた想いも、ホンダアクセスがVtuber活動に乗り出した1つの大きな理由だ。
「元々、弊社がVtuber活動に乗り出すきっかけになったのは『若者の自動車離れ』です。若い人に自動車に興味を持ってもらうためには、どうアプローチするべきかを考えた時に、『Vtuberという存在を通して自動車に興味を持ってもらう』ということを考えました」(浜田氏)
残りの2人に関しても、同様にコンセプトカーがモデルとなっている。赤い髪のクラネは東京オートサロン併催の東京国際カスタムカーコンテスト2016で最優秀賞を受賞した「S660ネオクラシック」、黄色い髪のクラサはS660ネオクラシックのレーサーバージョンである「ネオクラシックレーサー」の生まれ変わりという設定である。そして、モデルになったネオクラシックとネオクラシックレーサーが兄弟のような関係性にあることから、クラネとクラサも姉妹のVtuberとして活動している。
「企業の公式Vtuberがグループで活動するのは珍しいと思いますが、日本ではアイドル文化をはじめとして、大勢の中から自分の好みを探し出すことが好まれる傾向にあります。そのため、さまざまな性格のキャラクターを用意することで、それぞれの好みで選択し、応援できる環境を作りました」(浜田氏)
また、このクラリゼの最大の特徴は「企業公式Vtuberであることを伏せて活動していた」点だ。
「クラリゼは2020年1月31日にデビューして以来、社名を出さない状態でクルマVtuberとして、自動車全般をテーマとする動画を投稿してきました。そして、2022年6月29日から7月1日の期間で実施されたコンテンツ東京で初めて『クラリゼがホンダアクセスのVtuberである』ということを公表したのです」(飯田氏)
デビュー当初は、ホンダの偏った情報だけを伝えているのではないかと敬遠されることを想定し、あえて企業名を出さずに、車全体を扱うVtuberという認識がある程度得られたタイミングで公表しようと思っていたのだそう。コンテンツ東京でお披露目された際、驚きの声もあったものの、ほとんどが好意的な意見だったという。また、自動車とは縁遠い企業からのコラボのお誘いも増えているといい、社名を出したことによる良い影響も増えてきているようだ。
【衝撃】わたしたち実はホンダアクセスのVtuberだったんです!
動画内容は自動車がたくさん! 競合他社まで紹介するその理由は?
クラリゼの主な活動内容としては「車関連企画」がメインになっている。自動車に関する知識をクイズで楽しく学べるコンテンツから、さまざまなメーカーの自動車の紹介、ラジコンで遊んでみたまで幅広い内容の動画投稿を行っている。 具体的には、道路標識クイズや自動車のエンブレムクイズなどで自動車に関して学べるコンテンツや、自社グループのホンダをはじめ、トヨタ、日産、スズキといった競合他社の自動車まで幅広く扱い、その乗り心地や特徴について紹介する内容の動画などである。
「企業公式Vtuberというと、その企業の商品やサービスだけを紹介しているイメージがあるかもしれませんが、クラリゼは『自動車全般』をコンテンツとして扱っています。その理由としては、ホンダに限らず、自動車業界全体を盛り上げたいという想いが込められているからです」(浜田氏)
取材する中で、「自動車業界全体を盛り上げる」という言葉が何度もキーワードとして出てきた。そのこともあって、このクラリゼは現在、ホンダアクセスの広報機能を担っているわけではない存在だ。しかし、ホンダという日本を牽引する自動車メーカーがこのような活動に乗り出していることに好意的な意見も多く、ブランドイメージの向上に期待し、新しいブランド訴求活動としてその可能性を模索している最中だという。
「社内の8割が反対することは新しい」 信念を曲げずに突き進んでほしい
今まで紹介してきたように、自動車業界全体の未来を支える活動をしているクラリゼだが、デビューまでには大きな苦労もあったという。
「新しい情報発信活動の一環としてVtuberを導入することに、最初、社内では反対の声が多く挙がっていました。しかし、『社内の8割が反対していることは新しい』という考えのもと、反対されているからこそ今変わるべきだ、と信念を曲げずに突き進みました」(浜田氏)
「まだまだ社内で理解されていない部分もたくさんありますが」と浜田氏と飯田氏は謙遜していたが、今ではホンダアクセスの社内にクラリゼの展示ブースが設置され、社員の人気投票も行われるなど、社内での人気および認知度も上昇しており、筆者はその信念の強さを垣間見ることができた。
最後に、今後社内でVtuberを導入するか検討している企業の担当者に向けて、企業系Vtuberの先輩としてアドバイスをいただいた。
「アドバイスとして、私が大切にしている京セラの創業者である稲盛和夫会長の『動機善なりや、私心なかりしか』という言葉を贈ります。新しく物事を始めるときに、私利私欲からではなく、正しい動機から生まれたものなのか、常に自分でチェックすることを忘れてはいけません。私たちは、目的を突き詰めた結果『Vtuber』という結論にたどり着きました。Vtuberが使いたいから、という理由ではなく、目的のために最適なのがVtuberだと確信を持てた時には、信念を曲げずに突き進んでください」(浜田氏)