信頼性向上とコスト半減をめざして

H-IIAロケットは、H-IIロケットの後継機となる日本の主力大型ロケットであり、信頼性の向上と国際市場での競争力の強化を重視して開発された。

ロケットは直径4m、全長53mの円筒形をしている。全長は打ち上げ各機によっていくらか変化するが、おおよそ新幹線の車両2両分の大きさだ。

機体のうち、オレンジ色の部分が大部分を占めており、そこに黄色や黒色の差し色が入り、さらに先端と両側に白い部分がある。世界的にも、これほど鮮やかでカラフルなロケットは珍しい。このオレンジ色は、タンクの表面に塗布されている断熱材の地の色がそのまま出ているだけで、塗装しているわけではない。また、断熱材を吹き付けた直後はもっと薄い色で、打ち上げまでの間に酸化してオレンジ色になる。

オレンジ色の部分が第1段と第2段の機体、両段をつなぐ黒い部分は「段間部」で、これらを総称して「コア機体」と呼ぶ。先端の白い部分は、衛星を納める衛星フェアリング。両脇の白い部品が、離昇時のパワーを補助する固体ロケットブースター(SRB-A)だ。

H-IIAは、名前こそH-IIにAが付いただけで、外見もオレンジ色の機体でよく似ている。しかし、実際にはまったく別物のロケットになっており、共通の部品は少ない。

たとえば、H-IIは純国産であることにこだわって開発されたが、H-IIAでは国産化にこだわらず、良いものであれば輸入品も積極的に使った。

さらに、設計の簡素化や部品の共通化、部品点数の低減、作業工程の見直しなどによってコスト削減を図った。H-IIの打ち上げコストは当初180~190億円、8号機で140億円だったが、H-IIAは基本型で約85億円と、半額程度のコストに抑えることをめざした。

また、運用の柔軟性の向上も図っている。たとえば、SRB-Aの装着本数をミッションに応じて2本ないしは4本に変更でき、打ち上げ能力を調整できる。フェアリングも数種類用意するなど“ファミリー化”することで、衛星ユーザーの要求に応じた打ち上げ能力を柔軟に提供できることが特徴だ。

打ち上げ能力は、SRB-Aを2本装着した標準型(202型)で静止トランスファー軌道(GTO)へ約4tで、SRB-Aを4本装着した204型で最大約6tにもなり、H-IIの約4tと比較して能力が向上している。

  • H-IIAロケット47号機
    (C)鳥嶋真也

なお運用初期には、固体補助ロケット(SSB)という小さな固体ロケットを2本ないしは4本装着する構成もあった。これはのちに廃止され、202型と204型のみ、つまりSRB-Aを2本か4本かだけのシンプルなラインナップになった。

また、開発時には、液体ロケットブースター(LRB)を装着したバージョンの構想もあった。LRBは、LE-7Aエンジン(後述)を2基装備したブースターで、これをH-IIAに1基装着することで打ち上げ能力を大幅に向上させ、将来の宇宙ステーション補給機(のちに「こうのとり」と名付けられるHTVのこと)といった重いペイロードの打ち上げに対応することを見越していた。

しかし、機体が非対称形になることへの開発や運用上のリスク、またH-II 8号機の失敗を受け、H-IIA標準型の開発が最優先になったことなどから、このバージョンの計画は見直されることになった。

そして最終的に、第1段機体の直径を太くし、LE-7Aを2基に増やして、さらにSRB-Aも4本に増強した「H-IIB」ロケットが開発されることになった。LRB構想が実を結ぶことはなかったが、その理念はH-IIBの設計に引き継がれた。

  • H-IIAの開発時、液体ロケットブースター(LRB)を装着したバージョンの構想もあった。最終的には計画は見直され「H-IIB」ロケットが開発されることになった
    (C)JAXA/国立国会図書館

LE-7の試練を乗り越えた、第1段主エンジン「LE-7A」

H-IIAでの改良点のひとつが、第1段のメインエンジン「LE-7A」である。日本初にして最先端の二段燃焼サイクルを実現したH-IIのLE-7に対して、LE-7Aは基本的な構成こそLE-7を踏襲しているものの、信頼性とコスト効率の向上を重視して設計が見直された。

とくに、部品点数の削減や構造の簡素化が徹底され、配管の取り回しや溶接箇所の見直しが行われた。たとえば、インジェクター(噴射器)の溶接箇所は10分の1に減っている。さらにこうした改良で、製造工程での品質管理が容易になり、結果としてコスト削減にもつながった。

LE-7Aの開発は1994年から始まり、1999年には耐久性の実証を含む認定試験をほぼ完了し、開発を終える予定だった。ところが前述のように、H-II 8号機の打ち上げがLE-7の問題で失敗したことで、LE-7Aの開発は長引いた。

原因究明のため、小笠原諸島の深海約3,000mの海底に沈んだ、H-II 8号機のLE-7を回収。回収した部品を分析した結果、原因は液体水素ターボポンプの入り口にあるインデューサー(羽根車)が損傷したためと判明した。

そこでLE-7Aについても、これまでより厳しい条件を想定した試験を実施した。なお、LE-7のインデューサーの問題が判明した時点で、すでにLE-7Aエンジンの全体設計は完了しており、インデューサーも別物になっていた。このため、試験機1号機ではポンプの回転数を制限して、インデューサーに負担のかからない条件で運転された。

並行して、液体水素ターボポンプのインデューサーの改良も進められ、2002年のH-IIA試験機2号機の打ち上げから導入された。さらに、液体酸素ターボ・ポンプのインデューサーも改良され、2009年のH-IIBロケット試験機1号機から導入されている。

また、エンジンのいちばん下にあるラッパのようなノズルについても、改良が続いた。ノズルは2分割の構造になっており、上部は燃焼に使う液体水素を流して液冷する再生冷却ノズル、下部は内側の壁面に液体水素を流して熱を遮蔽し、冷却するフィルム冷却ノズルとなっている。

ただ、当初はこのふたつを組み合わせた状態では、エンジンの運転中に想定外の負荷がかかる問題があった。そこで、1~7号機までと10号機は、上部側のみの「短ノズル仕様」で運用。その後、改良を終えて8~9号機、11号機以降から現在に至るまでは、下部も組み合わせた完成形の「長ノズル仕様」で運用されている。

このように、LE-7AはH-IIAの運用開始後も改良が重ねられ、ようやく完成と呼べる水準に達した。この事実は、ロケットエンジンの開発がいかに困難であるかを物語っている。そして、これまでの打ち上げでLE-7Aが一度の失敗も経験していないことは、LE-7での試練とそれに続く改良の積み重ねが、着実に成果を上げたことを示している。

  • LE-7Aエンジン(左)とLE-7エンジン(右)
    (C)JAXA