「今日を限りに絵画は死んだ」。1839年に実用的な写真技術が発表された際、歴史画家のポール・ドラローシュが口にしたと伝えられる言葉だ。

北海道新聞社が主催し、HBAが協賛する「道新BIZ HBAソリューションフォーラム2026」が10月9日に開催された。特別ゲストが登壇するセミナーの1つでは、元・日本マイクロソフト業務執行役員で、“プレゼンの神”として知られる圓窓代表取締役の澤円氏が「AIがある世界であなたはどう働く?」をテーマに講演した。

澤氏は真偽が定かではない逸話だと断ったうえで上記の言葉を引用。カメラの登場が、写実性を求められる当時の画家にとって、衝撃的な出来事だったと説明した。

しかし誰もが精確な情景を撮影し複製もできる今でさえ、画家はいなくなっていない。澤氏は、カメラがあるという文脈(コンテキスト)を前提に、ダリのシュルレアリスムやピカソのような新しい作風が生まれたように、人間にもAIがあるコンテキストを踏まえた新たな働き方が求められると強調した。

  • 圓窓代表取締役の澤円氏

    圓窓代表取締役の澤円氏

カメラの登場で変わった絵画の価値

写真技術が登場する以前の画家にとって最も重要なスキルは、対象を写実的に描くことだった。だがルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが実用写真技術を発表し、後にはフィルム式の小型カメラが登場して、誰でも手軽に「瞬間」を切り取り「複製」もできるようになった。

澤氏は、ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンが複製によって芸術作品の一回性(アウラ)が失われると論じたことを引用し、芸術の価値が教会などで拝む「礼拝価値」から、美術館やギャラリーで見せる「展示価値」へと移ったと紹介。技術の登場によって価値のありよう自体が変わったことを、現代におけるAIの登場になぞらえ、これからは「AIがあるコンテキストで仕事をする」時代になると説明した。

  • 写真技術の歴史を踏まえ、これからは「AIがあるコンテキストで仕事をする」時代になると説明した

    写真技術の歴史を踏まえ、これからは「AIがあるコンテキストで仕事をする」時代になると説明した

「究極の個別最適化」の時代をAIで補う

澤氏によれば、ここ15年ほどで人はデータを信じて行動するようになったという。口コミを見て入る店を決めるのがその一例で、デジタルは「あると便利なツール」から「止まると怒られるインフラ」に格上げされた。

また、アカウント単位でサービスがパーソナライズされるようにもなった。澤氏は、10年前と最新の洗濯機で解決できる課題に大差がないことを例に、残る課題は地球温暖化のような極端に大きな課題か、個人単位まで細分化された課題だと指摘し、現在を「究極の個別最適化の時代」と表現した。

個別最適化は市場拡大がしにくく、1件あたりにかける時間を短縮するしかない。その部分をAIで補うことがこれからのビジネスになるという。

「管理」はAIへ、マネージャーはビジョンを示す

では、AIが組み込まれた組織で人の役割はどう変わるのか。

澤氏は、製造業のバリューチェーンで上流の企画・開発と下流の販売・アフターサービスが付加価値を生みやすいとされる「スマイルカーブ」をホワイトカラーに当てはめた。

価値を持つのは上流の経営と下流の現場で、中流の「管理」はAIに置き換わる。管理は機械の方が得意であり、マネージャーを「管理職」と呼ぶこと自体がナンセンスだという。

  • スマイルカーブをホワイトカラーに当てはめると、中流の「管理」をAIが担う

    スマイルカーブをホワイトカラーに当てはめると、中流の「管理」をAIが担う

AIが社員を管理する時代に、人間のマネージャーが行う仕事で大事な点は2つあるという。1つは顧客満足度を上げるといった「進むべき方向」、つまり北極星となるビジョンを決め、それに責任を持つことだ。澤氏は「ビジョンがなければAIは何もできない」と言及した。

もう1つは、メンバーが全力疾走できるよう先回りして「道を掃除する」ことである。順調に進んでいた仕事を振り出しに戻す「聞いてない」という一言は、生産性を下げる“悪魔の言葉”となる。

こうしたマネージャーの役割は、人を率いる場面に限らない。澤氏はNVIDIAのジェンスン・フアンCEOがCES 2025の基調講演で語った「IT部門の仕事はAIエージェントの人事部になること」という言葉を引き、「人間はAIエージェントのマネージャーになる」と見通しを紹介した。

  • マネージャーの仕事の1つは、北極星となるビジョンを決めることだという

    マネージャーの仕事の1つは、北極星となるビジョンを決めることだという

「他人とうまくやっていく」ことがAI時代の仕事術

澤氏は、AIを導入したことでかえって仕事が増えたと感じる人には、まずタスクを減らすよう勧めた。なお、「聞いてない」に続くもう1つの“悪魔の言葉”が「とりあえず」だ。「とりあえず」で入れた作業をする理由を尋ねると「怒られるかもしれないから」という答えが返ってくる現場は多く、「怒る・怒られる」が判断基準になっていないかを見直す必要があると指摘する。

また澤氏は、AIという強力な思考の外部装置を組織として生かすためにも、「他人とうまくやっていく」ことが人間の仕事になると述べた。不機嫌は伝染し生産性を下げるため、相手を問い詰めず「どうやったら助けられる?」と尋ねるよう勧め、「『ご機嫌でいること』は仕事」だと語った。

  • 「他人とうまくやっていく」ことが人間の仕事の1つとなる

    「他人とうまくやっていく」ことが人間の仕事の1つとなる

  • 「AIは仕事を奪わない。AIとうまく付き合う人が生き残る」と澤氏

    「AIは仕事を奪わない。AIとうまく付き合う人が生き残る」と澤氏

講演では生成AIのデモも行われた。澤氏は「私は新聞社で経営企画をしています。新規事業に活かせるアイディアを100個出してください。」と入力し、AIには100個単位で頼むよう勧めた。その際、「よい答えを出すために必要な情報を質問してください。」と加えると、AIが必要な情報を人間へ求めるという。AIとは、考えるきっかけをもらう感覚で付き合うとよいと語った。

デモの最後には、澤氏自身をAI化したメンタリングサービス「AI澤さん」も紹介された。経営者をAI化する「AI社長」を提供するTHAが開発し、澤氏が監修している。澤氏がこれまでに出版した書籍や記事など、本人のアウトプットだけをもとに作られている“純度の高い”AIだという。

  • THAが開発し、澤氏が監修するメンタリングサービス「AI澤さん」

    THAが開発し、澤氏が監修するメンタリングサービス「AI澤さん」

AI時代に価値が上がるもの、AIに置き換わらないものは?

中流の「管理」はAIに置き換わり、場合によっては作業もAIが実行する今後、人間には何が残るのか。

AI時代に価値が上がるものとして、澤氏は「身体性」と「当事者性」の2つを挙げ、誰がやるのか、誰が決めるのかが大事になる時代だと述べた。

例として紹介されたのが、サッカー日本代表の森保一監督と対談した際のエピソードだ。森保監督は壇上で、Geminiに代表選手を選ばせてみたと明かした。しかし結局、誰を選ぶかはすべて自分で決めたという。AIに決めてもらったものには自分がコミットできず、すべてのコンテキストを含めて選んだことに責任を持つのが監督だからだ。

  • AI時代には「身体性」と「当事者性」の価値が上がり、「誰」が大事になると説明した

    AI時代には「身体性」と「当事者性」の価値が上がり、「誰」が大事になると説明した

澤氏は、AIによって増えた時間は顧客と向き合うことに使い、「顧客の顧客」になることを推奨した。「顧客の顧客」になれば、自分の顧客に対する解像度が一気に上がる。会議室を飛び出してさまざまな現場を見ることや、多様なコミュニティに参加することも勧めた。自分の価値を知るには「外のものさし」が必要だという。

講演の最後に澤氏は、AIに置き換わらないものとしてリーダーシップ、アントレプレナーシップ、クリエイティビティの3つを挙げた。正確には、AIに渡す理由がないものだという。AIには意思がなく、意思は人間に残されたものだと澤氏は言及。「『意思』が未来を作る」「『きれいごと』を本気でやる人が強い」と締めくくった。

  • 講演の終盤で映し出されたスライド

    講演の終盤で映し出されたスライド