• 新種キイノコハゼガイ。舌のような形の大きな足で、環形動物スジホシムシモドキ類の体表に付着して生息している(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

    新種キイノコハゼガイ。舌のような形の大きな足で、環形動物スジホシムシモドキ類の体表に付着して生息している(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

海洋生物の中には、外見の酷似により区別が困難だが、DNAレベルでは異なる種である「隠蔽種」(いんぺいしゅ)が数多く存在する。二枚貝類も隠蔽種が多いが、その研究は主に岩などに固着する種や砂泥に潜る種に限られており、他の動物の体表面や巣穴といった特殊な環境で暮らす共生性の二枚貝はあまり調べられていなかった。

そうした中、京都大学は、干潟の砂泥中に生息する環形動物「スジホシムシモドキ類」の体表に共生する小型二枚貝「コハゼガイ」を、奄美群島と紀伊半島南部で採集し、形態・生態・DNA情報を総合的に調査。その結果、遺伝的に明確に異なる3種からなる「隠蔽種」の集合であることを解明したと、10月9日に発表した。

このうち、紀伊半島に生息する種は殻がやや細長く、幼生期の殻が大きいことでも区別できたため、新種として記載したこともあわせて発表した。

同成果は、京大 フィールド科学教育研究センターの後藤龍太郎助教、京大大学院 理学研究科の四ノ宮千遥大学院生、同・大城匡平大学院生(研究当時)、日本貝類学会の田中眞人会員らの共同研究チームによるもの。詳細は、ドイツ動物学会が刊行する、生物の多様性と進化を扱う専門論文誌「Organisms Diversity & Evolution」に掲載された。

他の動物と共生する二枚貝「コハゼガイ」の謎

「ウロコガイ科」は、殻の全長が数ミリほどの小型二枚貝のグループで、世界で620種以上が知られており、その多くは甲殻類、環形動物、棘皮動物など、他の海底動物の体表や巣穴で共生している。

このうち、「コハゼガイ属」(Planktomya)は、幼生期に形成する殻である「胎殻」が約1mmと、他の二枚貝に比べてきわめて大きいことを特徴とする。この属の種の幼生は外洋のプランクトンの仲間として見つかることが多いが、成体の生態は謎に包まれている。

「コハゼガイ」(Planktomya amamiensis)は、1973年に鹿児島県奄美大島で得られた貝殻から記載された種で、生態は長らく不明だったが、近年、砂泥中に生息するミミズのような細長い身体を持つ環形動物「ホシムシ類」の体表に付着して暮らすことが明らかになってきた。生態がきわめて類似した同じ科の「スジホシムシモドキヤドリガイ」と長期間にわたって混同されてきたことも、これまで同種の生態が不明だった要因の1つだ。

  • スジホシムシモドキに付着するキイノコハゼガイの様子(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

    スジホシムシモドキに付着するキイノコハゼガイの様子(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

  • スジホシムシモドキに付着するキイノコハゼガイの拡大図(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

    スジホシムシモドキに付着するキイノコハゼガイの拡大図(撮影:後藤龍太郎) (出所:京大ニュースリリースPDF)

また、コハゼガイは本州などの日本の温帯部からも発見されており、亜熱帯と温帯という、水温が大きく異なる地域に生息する集団が本当に同一種なのか、どのホシムシ類の種を宿主として利用するのかなど、これまで詳細に検証されていなかった。

研究チームは2011年から2023年にかけ、奄美群島(加計呂麻島・枝手久島)と和歌山県紀伊半島(串本町・田辺市)の干潟でコハゼガイを採集しており、今回は殻や軟体部の観察、宿主の同定、DNA解析を組み合わせて、総合的な検討を行うことにした。

今回の研究成果

まず、ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子と核DNAのITS遺伝子の2つの遺伝子領域が解析された。その結果、コハゼガイは遺伝的に明瞭に異なる3グループ(便宜的に種A〜Cと呼称)に分かれることが判明した。種A・Cは奄美群島、種Bは紀伊半島に生息していた。種A・Cは同一地域で宿主種を共有しているにもかかわらず、遺伝的に大きく異なっていた。また、種Bは種Aと最近縁だったが、両者の間にもミトコンドリアDNAと核DNAの両方で明確な違いが確認された。

3グループは殻や軟体部の形態がよく似ていたが、種Bは殻がやや細長いこと、胎殻が約1.0〜1.1mmと、種A・C(約0.75〜0.88mm)よりも大型なことから区別が可能だ。なお、コハゼガイは奄美大島をタイプ産地(その種の基準となったタイプ標本が採集された場所)とするが、種A・Cは形態的にきわめて酷似しており、どちらが真のコハゼガイにあたるのかは今後の課題とされた。

一方、種Bは本州の温帯域でのみ発見され、奄美群島からは確認されなかった。そして形態的にも遺伝的にも区別可能なことから、種Bを新種「Planktomya kiiensis」、標準和名「キイノコハゼガイ」として記載することにしたという。種小名「kiiensis」と和名は、発見場所の紀伊半島にちなんだものだ。

また、宿主の形態とDNAの調査の結果、コハゼガイ類の宿主はすべてスジホシムシモドキ属であり、少なくともこの属の3種が宿主として利用されていることが突き止められた。さらに、キイノコハゼガイは、近縁の種Aとは異なる種の宿主を利用していた。生態面では、大きな個体は舌のような形の大きな足で宿主の体表に付着しているのに対し、小さな個体は宿主ではなく同種の大きな個体の殻に付着していた。加えて、キイノコハゼガイの最大個体が、殻内でベリジャー幼生を保育し、海水中に放出する様子が観察されたという。

キイノコハゼガイとその最近縁種は、亜熱帯の南西諸島と温帯の本州沿岸に分かれて分布している。この結果は、緯度に伴う水温の違いや、それに伴う宿主の違いが、共生性の海洋生物の種分化に関わっている可能性を示すものだという。また、温帯に生息するキイノコハゼガイの胎殻が大きいことは、水温の低い海域では幼生がプランクトンとして過ごす期間が長くなることを反映している可能性があるとのこと。

ウロコガイ科はもともと種数がきわめて多いグループだが、このような隠蔽種が広く存在するとすれば、その真の多様性はこれまで考えられていたよりもさらに高くなる可能性があるという。研究チームは今後、より広範囲でのサンプリングを行い、各隠蔽種の分布や各地域での宿主利用などをより詳細に検証していく予定とした。

また今回の成果は、身近な干潟の砂泥の中に未確認の生物同士のつながりがあることを示しており、埋め立てや環境の変化によって失われやすい干潟の生物多様性を守ることの大切さを改めて示すものとしている。