コロナ禍の巣ごもり需要の反動による需要減、中国の教育方針の転換によるピアノの販売数激減、さらにトランプ関税の影響など、環境の変化により苦境が続くヤマハ。同社は、2025年度からの中期経営計画で「Rebuild(再構築)& Evolve(進化)」というテーマを打ち出し、適正規模で需要変動に強い生産体制の構築を目指してDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めている。
3月11日に開催された「TECH+セミナー スマートマニュファクチャリング 2026 Mar. 未来を創る人材と組織~変革を支える環境と実践~」に同社 楽器事業本部 生産統括部 生産企画部 製造DX推進グループ リーダーの宮田智史氏が登壇。楽器工場で取り組む「大きなDX」と「小さなDX」について解説した。
ヤマハのDX、成功の裏で見えた「標準化の壁」
ヤマハは2018年にスマートファクトリー推進グループを立ち上げ、DXを推進してきた。その成功事例の1つが、サックス組み立て工程にビーコンを導入した作業進捗管理だ。従来は混流1個流し生産を行っていたため、ラインに投入してから2日後に出てくるまでの進捗管理が難しかった。そこでビーコンの発信機をサックスに、受信機を作業台に取り付け、どのサックスがどの作業台にあるのか、各作業台での作業時間、通過台数を把握できるようにした。さらに決められた時間内に作業できているかを色分けしたランプで示し、終了予定時間に音が鳴る仕組みを採用するなど、作業者にベースメイキングを促す仕組みも導入した。その結果、生産性は16%、ラインバランスも20%向上したという。
一方、宮田氏が失敗事例として挙げたのが、ギター組み立て工程にPoCとして導入したデジタルツインだ。工程を可視化し、リモートでの生産管理と標準化を目指したものだった。QRコードやRFIDタグ、ビーコンなどを使い、木工、塗装、組み立ての各工程から取得したデータを統合基盤に入れることで可視化し、進捗の状況をリアルタイムに表示したり、作業者の目前にあるディスプレイにパフォーマンスを表示したりし、それぞれのパフォーマンスを把握する取り組みなどを行った。
しかし「3年が経過しても、標準化はなかなか進まなかった」と同氏は明かす。同社にはピアノや管楽器、デジタル製品など数多くの事業部があり、それぞれが独自の手法を持っていたため、全社で工程を標準化するのは難しかったのだ。また、現場からの共感も得られなかった。ダッシュボードで進捗を管理できるようになっても、実際に足を運んで見に行ったほうが良いと感じる管理者も多かったそうだ。
なぜ方針転換?「大きなDX」と「小さなDX」の両輪戦略へ
こうした失敗を経て、2024年には大きな組織変更を行い、DXの推進方針も見直した。全社標準化と全工場標準化を目指していたところから、スピードと現場を重視する方針へと転換したのだ。また、DXの取り組みを始めてから時間が経過したことで現場の姿勢も前向きになり、製造を国内に回帰させる方針としたことで、DX推進グループの現場への伴走も容易になったという。
新たな体制においては、まず現場の声を重視した。DXのフリーディスカッションを設けて徹底的に聞き取りを行い、全事業部の課題を集約した。そしてその課題をベースにして、「大きなDX」と「小さなDX」を両輪で回していく戦略を立てた。
大きなDXとは、標準化や情報の一貫性、共通性を担保するような活動のことで、戦略的に実施し、安定したシステムをつくる必要があるためトップダウンで行うこととした。ここでの目標は、需要変動に強い一気通貫の生産管理の実現だ。
一方、小さなDXは3カ月程度の短期間で課題解決できるような機動力のあるチームを組成し、現場の困りごとを随時解決していこうというものだ。ここから小さな成功体験を積み上げることで全社のDXを推進しようという狙いがある。さらに、これと並行して、アナログトランスフォーメーション(AX)、つまり意識改革や風土醸成、ルール策定などの活動にも取り組んでいる。
生産改革はどう進めた?「大きなDX」と「小さなDX」の具体策
大きなDXの事例としては、ギター組み立て工程の再構築や、中国でのポータブルキーボード製作工程のカイゼン(プロセス最適化)がある。ギター組み立て工程には、生産スケジューラー、現場のタブレットでの実績収集システム、紙帳票のデジタル化ツール、BIツールの4つを導入して、生産管理を全てデジタル化。これにより精度の高い生産計画の実現を目指している。
中国におけるキーボードの製造工程では、ラインの出口にセンサーやカメラをつけ、カイゼンがすぐにできるようにした。“カイゼンライン”と呼ばれる特別なラインを1つだけ設け、作業者1人につきカメラとセンサーを1台つけて高精度でパフォーマンスを測定できるようにした。パフォーマンスの上がらない作業者をこのラインに入れて測定、カイゼンし、完了すれば戻すというかたちで運用している。
一方、同梱品の誤梱包を防ぐためにQRコードを照合する仕組みを導入した事例や、ピアノの塗装工程においてカウンターでの集計をタブレットに置き換えた事例が小さなDXにあたる。これらの取り組みにおいては、同時に工数も収集できるという新たな価値が生まれ、さらに作業者の不安も取り除くことができるというAXにもつながっている。このほか、作業日報を作業者が直接タブレットに入力できるようにして管理者の負担を軽減したり、マイコンやセンサーを導入して設備の稼働状況やボトルネックを可視化したりといった取り組みも行われている。
小さなDXはなぜ効く?スモールチーム×現場伴走の実践
宮田氏はこれまでの取り組みを踏まえ、小さなDXはスピード重視、スモールチーム、現場伴走で進めることが重要だと話した。短期間での実現を目標とし、意思決定を速くするために責任を持った1~3名のチームで進めれば、小さな成功を積み重ねることができ、メンバーの経験値も上がる。
「推進チームの半数以上を現場に駐在させています。そのため人脈を形成することができ、現場の目線を養えたことが良かったのだと思います」(宮田氏)
業務プロセスについても、ウォーターフォール型では時間がかかるためアジャイル型にシフトしていくことが必要だ。また、現場の端末やインフラの整備も必須だが、ヤマハではDX推進グループが端末やサーバ、ネットワークを全て準備して保有し、必要な部署に貸し出すことでスピードアップを図っている。さらに、規定やルールについても同グループが中心となって常に見直しながら改善しているそうだ。
DXはどこから始めるべきか?ヤマハが示す「小さく始める」戦略
同社は現在、AIの活用にも注力している。楽器製造という領域では熟練職人の“匠の技”が重要になるが、それをデジタルの力で継承しようという試みだ。
例えばピアノの整音という、ハンマーに針を刺して柔らかさを調整する作業があるが、何度針を刺したときにどんな音になるかをAIに学習させ、音を聞かせればあと何回刺せばよいかが推論できるアルゴリズムを開発した。現在はまだ試験的な運用だが、このアルゴリズムに熟練職人の感性との相関関係があることは分かっているそうだ。このほかにも、木材の数量を画像からカウントする識別カウントや組み立て不良の検知などにおいても、AIの試験運用が始まっている。
最後に宮田氏は、「DXを進めるためにはまず小さなDXから始めることが重要」だと改めて強調した。大きなDXは関係者が多く、調整に多くの時間を要するため、まず小さなDXで現場の成功体験を積み重ねることが成功につながるのだ。そしてDX推進者は現場目線を養うこと、さらにルールや仕組みの改善などのAXを同時に進めることも大切だと話す。
「ヤマハのDXは人が主役です。技術と感性、クラフトマンシップと最先端テクノロジーというキーワードで、お客さまに感動を与えられる製品を提供し続けていきます」(宮田氏)

