2023年に日本中を沸かせたWBCの開催をきっかけに、日本のプロ野球への注目度はさらに高まった。前回以上にチケット予約は熾烈な争奪戦となり、野球人気の底堅さを印象づけている。

そうした中、埼玉西武ライオンズは2024-2025シーズン、観客動員数の伸長率で12球団中最高を記録した。パシフィック・リーグでは5位という順位でありながら、観客動員数は昨対比112%と大きく伸長。なぜこの成果を達成できたのか。

今回、埼玉西武ライオンズ 広報部マネージャーの服部友一氏に話を聞いた。

  • 埼玉西武ライオンズ 広報部マネージャー 服部友一氏

    埼玉西武ライオンズ 広報部マネージャー 服部友一氏

観客動員増の起点は「圧倒的至近距離」- 体験価値の再設計

球場に足を運んでいる人ならご存じかもしれないが、サッカーなどに比べて野球のファンは比較的年齢層が高い。服部氏はこう振り返る。

「ファンクラブの会員数を年代別で見ると、20代・30代が凹んでおり、この層を何とかしないといけないと感じていました」

そこで球団が掲げたのが、「圧倒的至近距離」というキャッチフレーズだ。選手との物理的・心理的な近さを武器に、ターゲット層へのアプローチを強化する方針を打ち出した。

ライオンズの本拠地であるベルーナドームは、プロ野球開催時は約2万8000人収容と、約4万人規模の球場と比べてコンパクトな構造を持つ。この特徴を逆手に取り、全部署横断で行われた20~30名規模のプロジェクトの中で距離の近さを生かすという考えが生まれた。

「主要人数が2万8000人の球場なので、遠くの席でも試合を見やすいです。圧倒的至近距離という言葉には、物理的な距離だけでなく、心理的な距離の近さも含めたサービス価値を提供していくという思いが込められています」

ベルーナドームでは、観客席からグラウンドや選手までの距離が近く、選手を身近に感じることができる。また、1軍・2軍の球場、室内練習場、そして駅が球場近辺に集約されている点も、他球団にはない強みと言える。

この「圧倒的至近距離」を単なるキャッチコピーで終わらせないため、球団は具体的な施策へと落とし込んだ。試合に勝った後のヒーローインタビューでは、選手自らが「圧倒的至近距離」という言葉を発信。「#圧倒的至近距離」というハッシュタグを活用し、ファンが撮影した至近距離の写真をSNSで拡散する動きも見られた。

  • 観客席からグラウンドや選手までの距離が近いベルーナドーム

    観客席からグラウンドや選手までの距離が近いベルーナドーム

集客を加速させたアフターザゲームとファン接点戦略

「圧倒的至近距離」というキャッチフレーズは、ファンへのサービスや体験価値として多角的に反映されている。

アフターザゲーム

ベルーナドームで行われたほぼすべての試合終了直後に実施されるのが「アフターザゲーム」だ。ファンはグラウンドに降りることができ、さっきまで選手がプレーしていた場所で写真撮影をしたり、走り回ったりすることができる。

阪神甲子園球場では有料で球場ツアーを実施しているが、グラウンドに降りられる機会はそう多くない。実際にフィールドに立つという体験は「特別感」を提供する。

グラウンドに降りて体験することで、球団や選手への心理的な親近感を高めるサービスとして機能している。

「応援しているライオンズが試合に負けてしまったとしても、グラウンドで写真を撮るという楽しみを味わえます」

ファンとの触れ合い

シーズン終了後にファンを招く「ファン感謝祭」は多くの球団が実施している。ライオンズの場合は、選手によるステージパフォーマンスよりも、サイン会、ハイタッチ会、野球教室、選手と一緒に走る体験など、ファンと選手が直接触れ合える時間を大幅に増やしている点が特徴だ。

コンセプトは一貫している。距離を縮めること。それを具体的な接点として設計している。

若年層・女性ファンを拡大したSNS戦略と“推し活”マーケティング

ファンクラブ会員が少なかった若年層へのアプローチとして、SNSの使い分けも強化した。拡散力の強いX(旧Twitter)に加え、若年層に人気のTikTokを新設。Instagramでは野球以外の「選手の横顔」などのコンテンツを充実させた。

また、2025シーズン開幕前には若い女性に人気の高い西川愛也選手や武内夏暉投手など、「若くて人気のある選手」を起用したテレビCMやWeb広告も展開した。

近年は、自分の好きなアイドルやアニメのキャラクターなどの「推し」を応援する活動「推し活」が広がっている。ライオンズでも女性ファンの「推し活」のニーズに応える施策が功を奏した。

西川愛也選手のグッズ売上は前年比1000%増という数字を記録した。その背景には、本人の活躍に加え、戦略的なプロモーション、そしてファンの「推し活」がある。

「男性ファンがチーム全体の勝利を求める傾向があるのに対し、女性ファンは特定の個人を熱心に応援する傾向が強く、西川選手はその象徴的な存在となりました」

さらに、選手と同じ目線で観戦できる「フィールドビューシート」も女性ファン獲得に一役買っている。最前列で至近距離から撮影できるこの席は高額ながら人気を集め、長いレンズのカメラを持つ女性ファンで埋め尽くされることもあるという。ここで撮影された写真がSNSで拡散されることも、人気拡大につながっている。

そして、SNSで大きく話題となった施策に、ホームランが出た際や得点の際に、水がジェットで噴き出す「スプラッシュシート」がある。

「ホームランが出た際に水がジェットで噴き出すという、これまでの野球観戦にはなかった刺激的な体験を提供しました。夏休みの時期に導入されたため、家族連れなどからも非常に好評でした」

スプラッシュシートを体験したファンが、その様子をXやTikTokに投稿したことで、球団側が一方的に発信するプロモーション以上に、ファンの「評判が評判を呼ぶ」形で広がりを見せた。

「スプラッシュシートは8月から導入されましたが、6月・7月の事前販売時よりも、実際に運用が始まりSNSでの投稿が増えた8月以降も売れ行きがさらに加速しました」

CRM活用で無料会員を有料化 ― データで観客動員を底上げ

さまざまな施策が成果を上げる中で、今後の課題について服部氏は次のように語る。

「今後は、平日の観客と有料ファンクラブ会員をもっと増やしたい」

ベルーナドームは都心から距離があるため、18時開始の平日ナイターに仕事帰りで間に合わないファンもいる。そこで19時から入場できる割引チケットを販売し、遅れて来場するファンが足を運びやすい環境を整えている。

また、プロ野球ファンはライフステージの変化によって離脱する傾向が強いという分析結果を踏まえ、CRMチームが顧客データを「デモグラフィック(属性)」や「来場履歴」といった観点から細かく分析。1年間の来場回数や過去の属性データを基に、ファンごとに「打ち手(メッセージやキャンペーン)」を変えてコミュニケーションを行っている。

「無料チケット会員」から約11.8万人(※2025シーズン終了時の数字)の「有料ファンクラブ会員」へとステップアップしてもらうためのコミュニケーションにもCRMを活用している。

「『一度チケットを買って見に行けば満足』という層でフェーズが分断されないよう、データを用いて継続的な接点を持てるよう工夫しています」

こうした取り組みにより、ファンクラブ会員の来場回数は平均で約1回向上した。

コンパクトな球場という構造的な特性を起点に、「圧倒的至近距離」という価値を定義し、リアル体験、デジタル戦略、そしてCRMによる継続接点へと展開する。施策は単発ではなく、一本の戦略として設計されている。

球場に足を運ぶことで、テレビ観戦だけでは得られない体験ができる。その価値を明確に提示したことが、観客動員数伸長率トップという結果につながったと言えるだろう。

今シーズンの開幕が、ますます楽しみになる取り組みだ。