日本大学(日大)、早稲田大学(早大)、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の4者は3月23日、多数の量子ビットからなる量子多体系の状態を、個々の量子ビットを1つ1つ制御することなくまとめて高精度に解析できる新しい「量子状態トモグラフィ手法」を開発したと共同で発表した。
同成果は、日大 文理学部物理学科の山本大輔准教授、同学科 自然科学研究所のGiacomo Marmorini研究員、早大 理工学術院の福原武教授(理研 量子コンピュータ研究センター チームディレクター兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、量子情報を扱う学術誌「PRX Quantum」に掲載された。
個別制御に頼らない新たな量子状態解析法
物理学において、物体の「状態」とは、現在の位置や移動速度、持っているエネルギー、電気抵抗といった物理量の組み合わせを指す。測定された情報を方程式に代入することで、その物体の未来の挙動や過去の変遷を推測することが可能だ。
しかし量子力学の世界では、状態を物理量の組み合わせとして記述することはできない。量子状態とは、数式の「波動関数」によって表現される抽象的な概念であるためだ。位置や速度といった物理量は確率的に定義され、測定のタイミングごとに異なる値を示す。たとえば、原子核の周囲を回る電子の存在位置は、確率的にしか特定できず、「この軌道に存在する確率が最も高い」といった表現にとどまる。100%絶対にその軌道にいるとは断言できないのである。
量子力学では、量子状態そのものを直接観測することは不可能なため、さまざまな物理量の測定を繰り返し、その統計から背後にある波動関数を推定していく。このようなプロセスに用いられるのが、「量子状態トモグラフィ」と呼ばれる手法だ。これを用いれば、得られた物理量から逆算的に波動関数を知ることが可能となる。
しかし、通常物質に比べて量子系での測定は極めて困難だ。量子系には、量子重ね合わせや量子もつれといった特有の性質が存在し、測定すべき情報の数は、扱う量子ビットの数の増加と共に指数関数的に膨れ上がるためである。
しかも多くの従来手法では、量子ビットを1つ1つ個別に操作し、異なる測定設定を用意する必要があり、量子ビット数が増えるほど実験的な制御や測定の難易度が急激に高まる点も課題だ。特に、物性物理や量子化学のシミュレーションなど、多数の量子ビットからなる系の状態を詳しく知ろうとすると、こうした測定コストや制御の複雑さが大きな障壁となる。つまり、膨大な測定や精密な個別操作に頼らずに量子状態を効率よく推定する新しい方法を確立することが、量子技術の実用化と将来の科学技術の発展に向けた重要な課題となっていたのである。
そこで研究チームは今回、量子状態解析における「測定数の爆発的増加」や「量子ビットの個別操作の困難さ」という課題に対し、量子系全体をまとめて扱う新しい測定手法を開発することにしたとする。磁性体に現れる「スピンの螺旋構造」に着想を得て、新たに手法を考案したという。
スピンの螺旋構造とは、磁性体などで見られる、スピンが空間的に少しずつ回転しながら配列した構造のことを指す。今回提案された「螺旋測定」手法では、量子ビット全体に一様な操作を施すと共に、磁場勾配を用いて位置ごとに測定軸が少しずつ回転する操作が組み合わされた。これにより、個々の量子ビットを個別制御することなく、量子状態に関する多くの情報を同時に取得できるとした。従来必要とされてきた複雑な個別制御の工程を排除し、多様な測定設定を実現することが可能となった。
さらに今回の研究では、螺旋測定と、限られた測定結果から全体の状態を推定する「圧縮センシング」手法の組み合わせが行われた。その結果、測定回数を大幅に削減しつつ、量子状態および量子もつれの強度を高精度に評価できることが数値シミュレーションにより確認されたとする。
今回の技術は、光格子中の冷却原子系のように、レーザーによって原子を規則正しく配置することで物質中の量子現象を高い自由度で再現できるものの、個々の原子を独立に測定・操作することが困難な量子シミュレータにおいて、大きな有効性を持つという。光格子は、量子磁性や超伝導、量子相転移といった現象を人工的に再現するための重要な実験基盤であり、その内部で生成される量子状態や量子のもつれを適切に評価できることは、量子シミュレーション研究の信頼性を支える鍵になるとした。
今後は、今回提案された螺旋測定の考え方を実際の実験系へと展開すると共に、より大規模で複雑な量子系や時間発展を含む動的過程の解析へと応用していくことが期待されるとする。こうした発展を通じ、今回の手法は、量子技術を「作る」段階から「理解し、検証する」段階へと進める基盤技術として、新しい物質の設計や、ブラックホールや初期宇宙の物理を卓上実験で再現するためのシミュレーション研究などへの応用が期待されるとしている。

