静岡大学と名古屋大学(名大)の両者は3月16日、核磁気共鳴法を用いて、「スピン軌道相互作用」の大きなビスマス化合物における電子スピンの低エネルギー励起を精密に測定した結果、極低温下の量子化に伴いスピン励起に対応する核磁気共鳴の緩和率が、従来の「量子ホール効果」の常識を覆す100倍以上に増大することを確認したと共同で発表した。
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緩和率の比較。絶対温度1K(約-272℃)付近においては、磁場の影響なしの場合に対し、磁場下で軌道運動が量子化した状態の緩和率では、緩和率が2桁上(約100倍)も増大している。(出所:静岡大プレスリリースPDF)
同成果は、静岡大 理学部の清水康弘教授、名大大学院 理学研究科の小林義明准教授、同・松下琢講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
ディラック電子の量子ホール効果の特異性を解明
量子ホール効果とは、強磁場に置かれた電子が特定のエネルギー状態に強制的に整列する「ランダウ量子化」が生じることで、ホール抵抗が離散的な値に量子化されるなどの特異な振る舞いを見せる現象だ。またこの現象は、トポロジカルな量子状態の理解において重要な研究対象となっている。
従来、量子ホール効果の観測には、極低温・強磁場かつ高純度な試料が不可欠とされてきた。しかし、ビスマス化合物などの「ディラック半金属」や、その一種であるグラフェンのような「二次元ディラック電子系」が登場したことで、より高温・低磁場での観測が可能になりつつある。
この「半金属」とは、金属と半導体の中間的な性質を持つ物質を指す。中でも、物質内の電子がまるで質量をほとんど持たなくなる「ディラック電子」として超高速で動く物質が「ディラック半金属」だ。ディラック電子が平面上しか動けない特殊な性質を持つのが二次元ディラック電子系であり、その代表格であるグラフェンは、原子1個から数個分の厚さしか持たない二次元物質である。
ディラック半金属では、比較的弱い磁場でも電子の軌道運動にランダウ量子化が発生する。これを宇宙に例えるなら、太陽系(原子の世界)を飛び出した惑星(電子)が、天の川銀河内(物質中)を自由にさまようのではなく、強大な磁場によって一定の半径の円軌道に閉じ込められる状態だ。通常の原子核を巡る電子の軌道は、太陽(原子核)を中心に公転する地球などの惑星(電子)のイメージに対応する。
ディラック半金属の中でも重元素からなる物質では、強い「スピン軌道相互作用」による相対論的な効果が期待されている。しかし、具体的な影響は未解明のままだった。スピン軌道相互作用とは、先ほどの宇宙の例えを用いるなら、磁場の影響で天の川銀河内を特定の半径で公転している惑星が、自身の自転と軌道運動が結びつく相互作用である。重元素からなるディラック半金属は、いわば木星のような巨大ガス惑星の系と例えることができる。
そこで研究チームは今回、比較的原子番号の大きいビスマスを主成分とする化合物「BaMnBi2」が、理想的なディラック半金属であることに着目。その磁気励起を核磁気共鳴法を用いて詳細に解析したという。
BaMnBi2のマンガンイオンは磁気的に秩序化した状態にあり、強い磁化を発生させるため、通常のバルクの磁化測定ではディラック電子を直接見ることは難しい。しかし、核磁気共鳴法を用いれば、ディラック電子が存在するビスマスサイトのみを選択的に検出することが可能となる。
核磁気共鳴法の緩和率の温度・磁場・方位依存性を詳細に調べた結果、移動可能な電子のエネルギーが「ディラック点」の極めて近傍に位置することが判明した。また、磁場下で軌道運動が量子化した状態の緩和率が、磁場の影響のない状態と比べて極低温で100倍以上にまで増大することも見出された。これは、宇宙に例えに当てはめれば、銀河全体のエネルギーが共鳴し、惑星の自転振動が100倍に増幅されたような特異な現象といえる。
この実測値は、「二次元ディラック方程式」に基づく理論計算の予想では十分に説明のつかないものであり、スピン軌道相互作用によって「スピン分極」(スピンの向きが揃うこと)が増大した効果を考慮する必要があることを示唆しているとした。
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(左)今回解析されたディラック半金属「BaMnBi2」の結晶構造。(中央)電子が質量ゼロのように振る舞う「ディラック点」付近のエネルギー状態。(右)磁場をかける角度によるスピンの反応(緩和率)の変化を示したグラフ。(出所:静岡大プレスリリースPDF)
ディラック半金属では、スピン、軌道、バレーといった自由度が複雑に絡み合い、新しい創発的な量子現象が生まれる。それらを電気・磁気的に制御することができれば、次世代エレクトロニクスにおいて極めて有用な技術となる可能性がある。特に、電荷の移動度が高く、エネルギー損失の小さいディラック半金属は、省電力デバイスなどのエネルギー問題解決の切り札として注目されている。今回の研究でスピンの基本的な性質を調べる手法が確立されたことで、今後、さまざまな類似物質への応用が期待されるとしている。