北海道大学(北大)は3月11日、ニジマス(Oncorhynchus mykiss)を対象に、魚のエネルギー収支に基づく成長モデルと、魚の遊泳行動を再現する行動モデルを組み合わせることで、コンピュータ上で飼育プロセスを丸ごと再現可能なシミュレーション技術を開発し、実際の飼育実験との比較から同技術が養殖における成長予測に有効であることを示したと発表した。

同成果は、北大大学院水産科学研究院の高橋勇樹准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

  • 開発された養殖シミュレーションの実行画面

    開発された養殖シミュレーションの実行画面。仮想空間上で魚の成長プロセスが可視化される。(出所:北大プレスリリースPDF)

養殖の未来を予測した事前検討が実現される可能性

近年、世界的な日本食ブームなどを背景に水産物の需要が増加している一方、天然資源は減少傾向にあり、現在は養殖による漁獲量が天然の漁獲量を上回る状況だ。こうした中、日本ではこれまで海域を利用した「海面養殖」が主流だったが、施設増設の限界から、陸上施設で魚を育てる「陸上養殖」への注目が高まっている。

陸上養殖は電気代や餌料代、施設建造費などのコストが極めて高く、収益性の向上が大きな課題だ。従来、最適な飼育条件の検討は、実際の飼育試験に頼っていたが、条件変更の度に多大な時間とコストを要していた。そこで研究チームは今回、こうした現状を打破すべく、ニジマスを研究対象とした「養殖シミュレーション技術」を開発すると同時に、実際の飼育試験との比較を通じて構築したモデルの実用性を検討したという。

開発されたシミュレーションモデルは、魚の群行動を再現する「魚群行動モデル(Boidsモデル)」と、固体のエネルギー収支を扱う「動的エネルギー収支モデル(DEBモデル)」を統合したものだ。まずBoidsモデルによって水槽内での魚の動きと餌の摂取量をPC上で再現し、次いでDEBモデルを用いて摂取した餌から吸収・成長に配分されるエネルギー量を算出する。このプロセスを反復させることで、個々の魚の成長プロセスを動的にシミュレーションすることが可能となった。

  • シミュレーションの推移(90~91日目の例)

    シミュレーションの推移(90~91日目の例)。(a・b)仮想空間内でニジマスが遊泳し、自然な群れを形成する。(c)設定時刻(10:00)の投餌。(d)魚の摂餌行動。(e)摂餌後の遊泳再開。(f)120秒の計算で1日分が完了し、翌日の計算へと進む。(出所:北大プレスリリースPDF)

モデルの精度検証のため、北大 北方生物圏フィールド科学センター 七飯淡水実験所にて、実際にニジマスを用いて203日間の飼育試験が実施された。試験では給餌量や個体数などを記録すると共に、体重・尾叉長の定期的な計測が行われた。この試験と同条件となるようにシミュレーションを実施し、その結果得られた予測値と実測値を比較することで精度の検証が行われた。

そして比較の結果、シミュレーションは魚の摂餌行動・遊泳行動を極めてリアルに再現できることが判明した。成長の推移については、飼育の初期から中期段階(約80日間)において体重・尾叉長共に実験値と良好に一致し、誤差率は概ね4~10%程度に収まったという。ただし、体重に関しては飼育後期に過大推定となる傾向(最終日の誤差率22.7%)が見られたため、計算アルゴリズムの改良が今後の課題とされた。

養殖の経済性を左右する重要な指標である「飼料効率(FCR)」の再現性も検証された。FCRは、魚を1kg成長させるのに必要な餌の量を示す指標だが、初期80日間におけるFCRは実験値が1.19だったのに対し、シミュレーション値は1.18を記録。極めて高い精度で飼料効率を再現できることが確認された。

さらに、コストの主因である給餌量の影響量を調べるため、量を0.7倍、1.0倍、1.3倍に設定してシミュレーションも実施された。その結果、給餌量の増加に伴い成長速度は向上するものの、FCRは成長段階によって変動し、最適な給餌量が成長段階によって変化することが示されたとのこと。こうした複雑な変動を事前に定量化することで、今後の効率的な給仕戦略の立案に貢献できるとした。

今回開発された技術は、給餌戦略の最適化や飼育方法の事前検討を可能にし、養殖現場の意志決定を短時間かつ低コストで支援するものとする。また、研究チームは今回の成果の社会実装を目指し、大学発のスタートアップを通じた実用化を進めているという。

また、今回はニジマスが対象だったが、モデル内のパラメータを調整することで他魚種への応用も期待でき、現在はサクラマスなど、複数種への展開を進めているとしており、今後のさらなる技術開発によって、実用的な養殖意思決定支援ツールへの発展が期待されるとしている。